明けましておめでとうございます。今年もよろしく。画像は我輩のアバターです。
明けましておめでとうございます。2022年はなかなか出歩けない厳しい一年でしたね。今年はもう少し気軽に出かけられる日常が戻ることを願っています。それでは今年もよろしくお願いいたします。
砂の穴の底で住み暮らす女に囚われるが、なんとか脱出して自由な空気のある世界へ脱出を試みる。が、藻掻いた果てに見出したものはあまりに意外な<幸福>だった。難解な表現や言葉など使わず、エンタメ系の小説かと思えるほど、時に通俗的なのだが、気が付けばある種の形而上的世界で呆然としている自分を見出す。
ケイさん ありがとうございます。「千葉県松戸市出身。東北大学法学部卒業。この時期の東北大学には、薬学研究科に瀬名秀明、文学研究科に佐藤賢一、理学部に松崎有理と円城塔など、現在小説家として活躍している人物が在学していた。(中略)宮城県仙台市在住。」東北大と仙台市在住に反応してしまいました。迂闊粗忽です。
本書の圧巻は、最終章の「コミュニズムが不可能だなんて誰が言った?」だろう。著者によると、マルクスは革命とユートピアの思想家だとか。その革命はソ連や中国のような専制的で上意下達の試みを範に取るのではなく、オランダ(アムステルダム)やドイツ(ベルリン)でのコモンとコミューンの取り組み、下からの革命の試みだ。民主主義の先進国の果敢な挑戦はNHK辺りで特集を組んでもらいたい。
第2章の「なぜ過労死はなくならないか」も必読だろうが、第3章の「イノベーションが「クソどうでもいい仕事」を生む」は、目のうろこが落ちるおもいがした。 新書だし、読みやすい(分かりやすい)ので、是非一読を。
彼らが今更と云うなら、遠い昔に読んだ、河合 隼雄 著の『明恵 夢を生きる』はどうだろう。法然のほぼ同時代の明恵は実に興味深い…と思いつつ、引きずったままだ。内容はすっかり忘れたが、河合の達筆と洞察もあり、読んだ印象が強い。
縄文への関心は長くて、ブログにても「群盲 縄文という巨象を撫でる」「蛍光で浮ぶケルトと縄文か」「阿久(あきゅう)なる縄文遺跡をいつか見ん!」「山野井徹著『日本の土 地質学が明かす黒土と縄文文化』に学ぶ」「縄文サンバにカエルコールに(後篇)」などなど数々の記事がある。
著者の坂野徹は、「東京都生まれ 。1986年九州大学理学部生物学科卒、1994年東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専攻博士課程単位取得退学、2005年「日本人類学の軌跡 1884-1952年」で学術博士。日本大学経済学部教授」という経歴の方(Wikipedia参照)。
著者の経歴は、「中北 浩爾(なかきた こうじ)は、日本の政治学者。専門は日本政治史。一橋大学大学院社会学研究科教授。英ラウトレッジ"Labor History"誌最優秀論文賞受賞」(Wikipedia参照)。
著者からのメッセージに、「3歳で目に異常がみつかり,4歳で右眼を摘出.9歳で左の視力も失う.14歳で右耳,そして18歳ですべての音も奪われ「盲ろう者」となる.無音漆黒の世界にたった一人.地球からひきはがされ,果てしない宇宙に放り出されたような孤独と不安」とあり、「それを救ったのが母の考案した「指点字」と「指点字通訳」の実践だった」のである。
訳者の江口清は、フランス文学翻訳者、小説家。レイモン・ラディゲ研究の第一人者であったとか。ヴェルヌモノに限らず、何かしら同氏の翻訳作品を読んだことがあるかもしれない。
「20世紀半ばに研究が始まった自閉症。さまざまな誤解と偏見を経て脳科学的に理解されるまでを緻密な取材でたどりながら、自閉症の真の姿に迫る。現在、「自閉症スペクトラム」としてアスペルガー症候群やサヴァン症候群などの発達障害も含む幅広い概念として捉えられるようになったのはなぜか。知的障害ではなく、精神疾患でもなく、感じ方や考え方が異なる人たちである自閉症者を、人類に備わった「脳多様性(ニューロダイバーシティ)」という新たな視点から捉え直す科学ノンフィクション」という出版社の謳い文句に異論はない。
内容の判断や是非は読んでからでもいいのでは? 少なくとも、「知的障害ではなく、精神疾患でもなく、感じ方や考え方が異なる人たちである自閉症者」という認識は知っておいていいと思う。
やいっちさんの思っていらっしゃる「富山らしさ」は、どんなものなのでしょう。私は、ほとんど富山を離れて生活したことがないのですが、旅行などから帰ってきて立山連峰の雄姿を見ると富山だなぁと感じます。自然の風景というものでしょうか・・・。
「富山らしさ」が何か、そもそも自分が何を求めているか分からずにいます。立山連峰の雄姿だけは変わらずにあることがうれしい。遠い昔の町? 町並みへの違和感? 地域に馴染みがいないこと? そのいずれでもないような。
長沼毅は、「1961年、人間初の宇宙飛行の日に生まれる。南極、北極、砂漠、深海へと、冒険と探求をやめない生物学者。」「1989年 筑波大学大学院生物科学研究科修了。理学博士号を取得。海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)研究員、米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校海洋科学研究所客員研究員を経て、1994年広島大学大学院生物圏科学研究科助教授、2015年10月に同教授に昇格。第52次南極観測隊員。」(Wikipedia参照)
が、その神道が過激に走って廃仏毀釈の暴挙に至り、天皇崇拝で国家の暴走に異論を挟む余地がなくなって敗戦に至ったのも事実。その予感めいたことは書いているが、さすがに八雲の生前には悲惨な末路は知る由もなかった。そもそも日露戦争での悲惨な人海戦術の人命軽視…自己主張できない風土の悲惨も見逃せないはずだ。
著者のチャールズ・C.マンの略歴を見ても、「ジャーナリスト、サイエンスライター。「1491」で米国科学アカデミー・コミュニケーション賞受賞。ほかの著書に「1493」「アスピリン企業戦争」など」とあって、ジャーナリストという点で、サイエンス本だと敬遠したくなる。『素粒子物理学をつくった人々』といった好みのテーマの本も、うっかり手を出しそうだが、専門家じゃないと知った時点で手は引っ込めるかも。
読むこと、書くこと、居眠りすることが好き。生活のために仕事も。家事や庭仕事もなんとか。
読書は雑食系かな。でも、読めるのは月に十数冊なので、実際には幾つかのジャンルに限られてるみたい。
苦手なのは、専門書や法律、マニュアル本など。
小説やエッセイを書いたりしてます。
バイクでのミニツーリングを折々。
グルメ、スポーツ、コンサートも楽しみたいけど、仕事や家事でなかなか実現しない。昨年(23年)末、薪ストーブ設置。庭木の枝葉を焚き火代わりに燃やしてます。薪はなくて柴だけなので、心底寒い時だけ。焔と共に柴の燃えてはぜる音が心地いい。
外部ブログも20年以上になりました:
日々の日記:「壺中山紫庵」 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/
創作の館:「壺中方丈庵」 http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/
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砂の穴の底で住み暮らす女に囚われるが、なんとか脱出して自由な空気のある世界へ脱出を試みる。が、藻掻いた果てに見出したものはあまりに意外な<幸福>だった。難解な表現や言葉など使わず、エンタメ系の小説かと思えるほど、時に通俗的なのだが、気が付けばある種の形而上的世界で呆然としている自分を見出す。
とにかく、先入観なしに読めば楽しめる傑出した作品だ。