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2025年11月の読書メーターまとめ

Kentaro
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2025年11月にナイスが最も多かった感想・レビュー

Kentaro
スマホは集中力と幸福を同時に奪うとの研究があるようだ。世界で最も優秀な人々が集まるIT企業が、人間の行動を司るドーパミン回路について研究し、あの手この手であなたの視線をスマホの画面に向けさせようにこぞって努力しているのだから抗うのは至難の技だ。みな薄々気づいているように、長時間に及ぶスマホ使用はあなたを幸せにはしてくれない。 スマホやタブレットなどのデジタル機器の利用時間に加え、対面での人的交流、スポーツ、行事に参加するなどの非デジタル活動時間を集計し、自尊心や生活満足度、幸福度との関連を調べた。
が「ナイス!」と言っています。

2025年11月の感想・レビュー一覧
90

Kentaro
「そ・わ・か」の法則とは、小林正観さんが提唱した人生を豊かにするための3つの基本原則です。「そ」は「掃除」、「わ」は「笑い」、「か」は「感謝」の頭文字をとったものです。小林正観さんは、「掃除、笑い、感謝を続けていれば、ことが成就する」という意味合いも込めて、この法則を名付けたのです。 「き・く・あ」の法則とは、小林正観さんが提唱した人間関係や社会生活における基本的な姿勢を示す法則です。「き」は「競わない」、「く」は「比べない」、「あ」は「争わない」の頭文字をとったものです。
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Kentaro
啼かないホトトギスもいるのかもしれません。その啼かないホトトギスを認めてしまうというのはどうでしょう。世の中は多種多様なもので成り立っているのです。啼かないホトトギスもいてもいい。「啼かぬなら 啼かなくていい ホトトギス」小林正観の啼かなくていいホトトギス。これは教育論の話にもなります。子どもがこうならなくてはいけない。こういうふうに育てるべきだ、という一面的な話ではないことに気がつきます。啼かないホトトギスも世の中にいていいのです。いや、いていいというより、逆に、いてもらったほうがいいのかもしれません。
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Kentaro
正観さんが面白いことを言っています。 私のところに来る人生相談の98%は「自分の考えや価値観に合わない人を、どうしたらいいでしょうか」というものです。 98%の人は自分のことではなく他の人のことで悩んでいる。正確に言うと、他の人を自分の思い通りにできないことに悩んでいる。それが自分の「悩み」だと思っているのです。それならここに、98%の悩みをたちまち消し去る妙手があります。「自分以外のものを自分の思い通りにするという考え方を『全部』やめる。そして自分がどう生きるか『だけ』をまず考える」 というやり方です。
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Kentaro
京セラ創業者の稲盛和夫が、天風の著作をむさぼり読んだ時期がある。「潜在意識に透徹するまでの強烈な願望を抱く」 という経営スローガンを掲げた。閉塞した組織に〝喝〟を入れたのだ。一九七八年のことである。こうして、なりたい企業へと、組織の自己実現を図った。 天風の人生観は、「自己の命に、できるだけ喜びを多く味わわせて人生を生きる」 というものである。「明日ありと思う心の徒桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」 という歌そのままだと天風は言う。これは親鸞の歌である。天風が講演でよく引用する歌だ。
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Kentaro
AIに指示を出す際は、まず「何を達成したいのか」をできるだけ具体的に表現することが重要です。 例えばExcelでの売上分析の場合、「2024年の第1四半期の売上を月別にグラフ化し、前年比で伸びている上位5商品について説明してください」といった細かな指示により、実務で使える的確な分析資料が生成されます。 WordやPowerPointでは、文章の目的や長さ、文体・トーン、資料の構成やスライド数など「形式」にまでこだわりを持って指示を出します。
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Kentaro
生成AIは学習データやリアルタイムで参照するデータベースに依存するため、その品質が低ければAIのアウトプットの精度も必然的に低下する。 営業活動の現場では、CRM入力の不徹底や営業日報の記載漏れが頻発している。例えば、顧客との商談記録が不十分である場合、AIは顧客のニーズや関心領域を正確に把握できず、結果として不適切な提案やフォローアップを行ってしまう。また、マーケティング部門、営業部門、カスタマーサクセス部門の間でデータ形式や更新頻度が異なることも、整合性の欠如を引き起こす。
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Kentaro
鳥の目になって上空から自分を眺めるように、俯瞰的視点で自己を観察していきます。これは「観想法(オープンモニタリング法)」とも呼ばれています。例えばお腹がグ〜っと鳴って「あぁお腹が空いたなぁ」と感じたら、「お腹が鳴った」という感覚と「あぁお腹が空いたなぁ」と言う思考が湧いたと観察します。すぐに「何食べようかなぁ」となったら「『何食べようかなぁ』と考えた」と観察します。大事なポイントはリラックスして自然に湧き上がってくるものを「ただ観る」という姿勢で、出来るだけ好き・嫌いなどのジャッジは挟まないようにします。
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Kentaro
著者は留学先で自らのカラダで人体実験を重ねた末に、毒出しファスティングを体系化しました。 臓器の汚れは、台所の油汚れと似ています。 油汚れは「水」だけでは掃除できません。でも、それ専用の洗剤を使ったらどうでしょうか? 水でゴシゴシしても取れなかったものが「あら不思議」とばかりにきれいになるはずです。台所の掃除をするときに洗剤を使うのと同じ理屈です。ハーブという道具を使うというわけなのです。毎日、肝臓も腎臓も働きっぱなしです。この仕事を一度止めて、掃除の専門業者の特殊な薬剤を使って、がんこな汚れを落とす。
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Kentaro
小麦粉には「グルテニン」と「グリアジン」という2種類のたんぱく質が含まれていて、こねることで絡み合って「グルテン」に変化します。パンやパスタ、ピザなどのもちもちした食感こそがグルテンです。体内には「TNF-α」という「腫瘍壊死因子」とも呼ばれるがん細胞を攻撃する免疫物質があります。主に免疫細胞から分泌されるたんぱく質で、細胞間の情報伝達を担う「サイトカイン」と呼ばれる物質のひとつです。しかし、体内に取り込んだグルテンが原因で、このTNF-αが、がん細胞ではなく、正常な細胞を攻撃してしまうことがあるのです。
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Kentaro
暦をつくるには、太陽や月など天体の動きを正確に計算する高度な知識が必要だ。だから古代中国では、皇帝が専門家に暦をつくらせて民に与えてきた。周辺の王たちも中国の皇帝から暦を頂戴し、これを用いた。日本も同様で、これまで元嘉暦、儀鳳暦、大衍暦、五紀暦と中国の暦を使用してきた。 ところが八六二年に宣明暦を導入して以後、遣唐使を中断したこともあって、なんと日本では江戸時代になるまで八百年以上も同じ暦を使い続けていたのである。当時、暦は完璧なものではなく、年々誤差が大きくなってくる。そこで日本も暦を独自で作り直した。
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リーマンショック以降、世界中でますます貧富の格差が広がっています。そして貧困層も確実に増えている。もっともそうした貧困層の姿を実際に町で見かけるかというと、そうではありません。隠れてひっそりとしている。実際に存在すれども見えない。まるで透明人間のようです。こうした見えない人々を見るには、現実の社会の背後にある本質を見抜く必要があります。なぜなら、いかにも貧しいという姿をさらすことは、人々のプライドからいってありえないからです。 資本主義がつねに中央と周辺をつくり、周辺を搾取していくというものであるからだ。
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アジアで資本主義が起こらなかった原因としては、私的所有制度が発展していなかった点があげられます。とりわけ農業生産地帯において、土地自体が私有地になっていなかったからだといわれています。なぜ土地が私有制でないと資本主義が発展しないのかといえば、商人には保障されていた移動の自由が農民にはなく、農民が土地に縛られていたため、専制権力に従属するしかなかったからです。 中国経済は、欧米の資本主義経済と決定的に違うところがあります。それは、欧米人がつねに批判するところの専制型、国家支配型経済の国家だということです。
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田中がまだ病気で倒れる前、ソ連のなんとかいう学者が東京・平河町の事務所にやってきた。その学者に田中のオヤジが言った。はっきり言うが日本人の大半は、ソ連が好きじゃない。なぜ好きでないか。日本は第二次大戦の終わりごろ、沖縄がやられて、原爆を二発、広島と長崎に落とされて、ノックアウト寸前だった。リングの外にいたソ連からタオルの十枚も二十枚も投げ込んで欲しかったときに、あんたの国は日ソ不可侵条約を破りすて、雪崩をうってソ満国境に押し込んできた。それで、軍人も含めて大勢の在満邦人が地獄の火の中を逃げ回る。
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Kentaro
これから、いろいろな人に出会うと思いますが、その出会う人は、自分にとって好ましい人、好ましくない人。そういう人間関係も含めて、全部自分が生まれる前に書いたシナリオどおりになっています。目の前に起きる現象について、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないというのが第1段階ですが、病気や事故も含めて、災難、トラブル、障害の子さえも全部含めてそういう現象のすべてについて、うれしい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてると言えるようになるとそこで一般的にいう不幸や悲劇が喜びや幸せに変わるのです。
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Kentaro
自分がイライラしなければ、自分をイライラさせる人はどこにもいない。目の前にすごく嫌な人が(嫌な人というのは本当はいないのですが)来たと私が思ったとする。私が嫌な人と思った瞬間に、この人は嫌な人になります。私が嫌な人だと思わなかったら、この人は何も関係ない人として通り過ぎて行きます。 ある人が私の目の前を通りすぎていくときに、この人は面白い人だと思ったとします。私が面白いと思った瞬間にこの人は面白い人になりました。私が面白い人と思わなかったら、この人は単なる通りすぎた人です。全部私が生み出したものなのです。
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Kentaro
活性酸素は細胞を傷つける。傷ついた細胞が修復するときに起こるDNAコピーミスががん細胞。こういったがん細胞は毎日5000個は生まれると言われている。やはり、疲れたら休まないと病気になるのはあたり前だろう。緊張と弛緩のバランスが大事だと思う。身体をゆるめる、温めるのは健康の基本中の基本だと思う。 人は生まれてくる前に、大まかな人生の青写真を描いてくる、と言われている。誰を親として生まれるか、誰と出会い、別れ、誰と結婚するかなど大雑把な計画を立てて生まれてくるらしい。魂というものが本当にあるかはわからない。
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Kentaro
ツタンカーメンの墓は、20世紀に入るまで奇跡的に盗掘を免れた唯一の王墓として発見された。1922年、イギリスの考古学者ハワード・カーターが“ツタンカーメン王墓”を発見した瞬間、世界中が沸き立った。墓の中には、3000点を超える副葬品がぎっしりと詰められており、その中心にあったのが純金の王のマスクだ。精緻な装飾と神聖な美しさは、まさにエジプト文明の頂点を象徴している。 墓から発見された数々の宝物は、当時の生活・技術・信仰を知る歴史の宝庫でもあった。黄金の戦車、装飾された弓など王の威厳と美意識を物語っている。
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Kentaro
インドネシアは、世界でもっとも多様な国家だ。インドネシアは“同化”ではなく“共存”を選んだ。たとえば、ジャワ人、スンダ人、マドゥラ人、バリ人、ブギス人、アチェ人――それぞれが独自の文化を保ちながら、国家としての“統一”を築いた。つまり“違いを消す”のではなく、“違いを活かす”道を選んだ。歴史の中では摩擦も多かった。しかし、それを乗り越えて今がある。たとえばジャワ島では“調和”を重んじる文化が根づき、スラウェシやスマトラでは“誇りと独立心”が大切にされた。その多様な精神が、ひとつの国のバランスを取っている。
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“スワンナプーム”とは古代インドのサンスクリット語で“黄金の大地”という意味だ。実際にこの名は、古代インドの商人や僧侶たちが東方にある豊かな土地を指して使った呼び名だ。当時のインドにとって、東南アジアはまさに金・宝石・香料・象牙などが集まる夢のような地だった。イラワジ川の流域は古くから肥沃な土地として知られ、豊かな稲作文化が発達しておった。つまり“スワンナプーム”という言葉は、後に現在のミャンマー・タイ・カンボジア・ラオスなどを総称する伝説の地名として語られるようになった。
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建国当初の両班とは、“学問と徳を備えた者”という意味で、才能と人格を兼ね備えた士大夫のことだった。つまり“知によって治める者”としての理想像があった。しかし、時が経つにつれて理想は形骸化していく。科挙制度で官職を独占した家系が代々その地位を受け継ぎ、やがて“生まれながらの両班”という身分が固定されていった。 彼らは土地と官職を独占し、国家のためではなく家門の繁栄のために政治を行うようになった。一方で、庶民や農民はどれほど優秀でも科挙の門前にすら立てぬことが多かった。
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お客様が買いたいと思うのは、それを買うことによって得られる「幸せな未来」です。お客様のハッピーな未来というストーリーを売るという話は多くの人に納得してもらえるものと思っていますが、実はお客様といっても千差万別で、その人がどんな志向性をもっているのかわからなければ有効なストーリーは描けません。雑談で相手の好む方向性を見極め、未来のハッピーが得られるという夢を描き、自分の売っている商品を手に入れることによってその夢が実現すると思えるように、ストーリーを構成出来ると、相手はこちらが何もしなくても買ってくれます。
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経済の側面から桶狭間の戦いを分析します。『信長公記』によれば、織田軍は二千人未満として、今川方はやはり戦闘員だけで織田方の倍以上。過去の参考として、北条氏の場合、貫高五貫文につき一人の軍役負担が標準だったとされています。今川軍の場合、前述のように戦闘員が二千~三千人では少なすぎる可能性があるので、仮に一万人とします。そこに北条氏の軍役負担を仮に当てはめてみると、貫高で五万貫文となります。当時の一貫文を現在の価値にしておよそ六万~七万円とみているので、今川軍の軍役負担は六億~七億円程度という計算になります。
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縄文時代と聞くと、狭くて暗い竪穴住居に住み、粗末な毛皮や布きれを身にまとい、髪の毛はぼさぼさ、髭ぼうぼうの男たちが弓矢で狩りをして生活している。そんなイメージが頭に浮かんでくるかもしれない。おそらく日本史の教科書で一番記述が変わったのは、縄文時代ではないかと思っている。それほど大きく変貌しているのだ。その画期となったのは、一九九二年から発掘が始まった青森県の三内丸山遺跡の成果である。 話題となったのは直径約二メートルの柱穴である。ちょうど四・二メートルという等間隔で三つの穴が二列で発見されたのだ。
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伊勢神宮の位置づけを再認識し、誕生した国家神道ですが、宗教として非常に大きな特徴があります。それは、教義がないということ。 この特徴は、宗教ではかなり異例です。仏教でもキリスト教でもイスラム教でも、何かしらのバイブルや聖典は存在する。たとえば、イスラム教ならばコーラン。仏教ならお経。キリスト教なら聖書。これに対して、神道には一切の教義や宗教哲学がありません。宗教とは本来、「人間とは何か」「人間の本質とは何か」「人間の欲望とは何か」という人間の根源にある問題に対して、深い叡智で答えてくれる存在だと思います。
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Kentaro
空気を読んでばかりだとブレちゃうから、ヘンに読まないのがいい。空気は読まないで、ゆっくり吸うっていうのが生きていくコツだろう。まあ、人間ブレないことなんかないんだよ。ブレるのを修正しながら生きてくのがいいんじゃないかな。でも、まったくブレないでいるっていうのもよくない。それって要するに「遊び」がないってことでしょ。車のハンドルだって「遊び」が必要だ。 いつだったか千葉のロケで会ったおばあちゃんに、「高田さん、アンタすごいよ。たぶん死ぬまで生きるよ」って言われたことがあった。
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中国による諜報・工作活動の手法でしばしば取り沙汰されるのが、「ハニートラップ」(甘い罠)だ。元々、旧ソ連の国家保安委員会KGBの得意とする工作活動であり、高級売春婦などを使ってターゲットを陥れ、情欲を発端に脅迫や懐柔によって協力者として獲得するものである。 日本においても二〇〇四年に、当時の在上海日本総領事館員が、関係のあった中国人女性を巡り中国公安によって諜報活動への協力を強要され、国を売ることはできないと遺書を残して自殺した痛ましい事件が発生している。同事件の舞台は上海のカラオケ店であったとされる。
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外国情報機関はなにも日本だけをターゲットにしているわけではなく、フランスは米国やドイツに対する産業スパイ活動をも積極的に行っており、イギリスもまた、秘密情報部が軍需産業大手の英BAE社などの自国企業に対するビジネス諜報支援を行っている。 「技術立国・日本」にとっての最大の問題は、最近になるまで経済諜報対策をほとんど実施して来なかったということだ。事実、高い技術力を持って海外展開までする日本企業の中には、危機管理やサイバーセキュリティの責任者に中国人を採用しているところもあるというから開いた口が塞がらない。
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母親が子どもを誉めると、子どもはぐんぐん成長します。その誉め方にはちゃんとした方法があります。いちばん大事なことは、順位を誉めるのではなく、ありのまま、あるがままの子どもを誉めることです。あなたのやさしいところが大好きなのよ、というように。 手塚治虫という人がいました。漫画の天才です。六十二歳で亡くなりました。池田師範付属小学校(現大阪教育大学附属池田小学校)というエリートの通う学校の生徒だったのですが、そこは先生もすごく優秀で、エリートだらけです。生徒もエリート、先生もエリート。母親のアドバイスが秀逸。
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ある社長さんが、持ちかけられた共同事業のことで悩んでいました。話を持ちかけてきたのがいろいろと問題のある人だったためです。その人の欠点ばかりが目につくのです。もうやめようかと決断しかけていたとき、社長さんは小林正観さんに出会います。やはり共同事業はやめたほうがいいかと相談したところ、正観さんから返ってきたのは「その方の短所はわかりました。では、その方の長所を教えてくれませんか」という言葉でした。 これが、社長さんにとっての大転換点でした。
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アレクサンドロス大王は、32歳の若さで病死してしまい、王子の後見人や武将によって権力争いが勃発し、後継者によって帝国は分割統治されることになります。後継の国でもっとも長く続いたのがプトレマイオス朝エジプトで270年、中世の時代まで、ギリシャ語が話され、その影響は一過性のものではありませんでした。ヘレニズム文化は広大な地域に広がったこともあり、民族や国家の枠組みにとらわれない、個人主義や世界市民主義といった風潮が生まれ、仏像が芸術面に置いても、その影響を受けています。始めに仏像が作られたのはガンダーラです。
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スマホは集中力と幸福を同時に奪うとの研究があるようだ。世界で最も優秀な人々が集まるIT企業が、人間の行動を司るドーパミン回路について研究し、あの手この手であなたの視線をスマホの画面に向けさせようにこぞって努力しているのだから抗うのは至難の技だ。みな薄々気づいているように、長時間に及ぶスマホ使用はあなたを幸せにはしてくれない。 スマホやタブレットなどのデジタル機器の利用時間に加え、対面での人的交流、スポーツ、行事に参加するなどの非デジタル活動時間を集計し、自尊心や生活満足度、幸福度との関連を調べた。
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会社では社長、家庭では妻や母、実家では子ども、コンビニでは客。私たちは日々、多くの関係の中でさまざまな役割をこなしている。ただし、社長でいられるのは会社を支える社員がいてくれるから。親でいられるのは、子どもが生まれてきてくれたから。 バランスを保つためには、自分と一緒に関係をつくってくれる人に感謝し、その中で自分にできることをしていく姿勢が大切。コンビニで社長面をしていたら嫌われるし、会社で子どものような振る舞いをしたら心配される。常に周りを見て、それぞれの関係の中での「私」でいることを心がけてください。
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思い込みや幻想にとらわれることなく、現実をありのままに捉える力のことを智慧といい。生きとし生けるものに等しく慈しみの心を持つことを、慈悲といいます。お釈迦様は、この智慧と慈悲を自分の中に励み育てることによって、誰もが迷いを離れ、安心を得ることができると説かれた。けれどもお釈迦様の死後、時代や地域を超えて教えが広まるなかで、弟子たちの解釈の違いや、尾ひれ、枝葉などが加わることで、仏教の本質が見えにくくなっていきました。そこに登場したのが禅。禅は、余計なものを削ぎ落とし、鋭く本質を見極めようとする姿勢のこと。
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最高の善は、水に似ている。水は万物に利益を与えつつ、また、静かであり、多くの人が嫌がる低い場所にいる。これが神意にかなった合理的なあり方である「道」である。神意にかなった場所にその身を置き、神意にかなった深みに心はあり、神意にかなった天に真心を捧げ、神意にかなった言葉を自らの心に背かぬように使い、神意にかなった政治を行い、神意にかなった能力で事業を成し、神意にかなった時に動く。このようであれば、争うこともなく、誤ることもない。
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リーダーとして必要なことは、なによりも克己、すなわちセルフコントロールである。何があっても動揺しない、揺るぎない自分をつくることが必要なのだ。そのためには、感情と欲望はコントロールしなくてはならない。心でからだをコントロールするのである。セルフコントロールによって、逆説的に内面の自由を獲得するのである。これは『自省録』に表現されたストア派哲学にも共通している。 出発点はセルフコントロールであり、自分自身の心身をコントロールできない者が、その家も、国も、ましてや天下など治めることなどできるはずがない。
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金銭を目的としない労働には、自己の実力を試す喜びや、自己の実力によって何らかの新しい文化価値を生み出す創造の喜び、精神を好きな仕事に集中して世間的なことを忘れ、自分の心を純粋にする喜び、身体を使って健康になる喜び、その労働の成果をもって社会に奉仕できる喜びといったものが備わっている。これらの喜びの体験を楽しむことが本来的な目的であり、収入とは何の関係もない。言いかえれば、こうした労働の喜びは経済価値に換算されない人間としての価値だ。それは親子、夫婦、友達の愛情や学問芸術の価値が金銭に換えられないのと同じ。
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富あるものは才知ある人間を知識しかないと、あざける。才知あるものは金しかないとして富者をバカにする。どちらも同じ穴のムジナだ。威張っているものにあったら哀れみをもって接すると良い。考えることのない人には、思索するということがどういうことなのか想像もつかないだろう。偏執的に考えてばかりいる人には、自然に寄り添う思想を素直に受け入れることは出来ないだろう。物知りのバカほど始末の悪いバカはいない。 人間にはさまざまな卑しさがある。その最たるものが名誉の追求だ。だが、これがまさに、人間の優秀さの最たる印でもある。
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インドの大学では、新卒初任給が年俸1500万円から2000万円になることがあります。Googleは優秀な人材を探しにインドまで来ます。この金額はインド工科大学(IIT)を卒業した学生へ提示する初年度の年俸です。こうしたアメリカの企業は世界中の若者の中から優秀な人材を発掘し、高額のオファーを出して口説いています。国は関係ありません。個人の能力を見るのです。
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Kentaro
個々人の生産性を上げていくには、徹底して工夫・進歩させることが必要です。たとえば、いままで五時間かかっていたことを四時間でできるようにする、四時間かかっていたことを三時間でできるようにする。何かもっと良く出来る方法を考え、改善できることを社員が考え続けることを徹底できることが会社の生産性を向上させます。 社員がさぼったり時間を守らなかったりといったことが起こるため管理を強化する会社があります。非常に無駄です。管理を強めると、人の行動を規制することになりまともに働いている社員までもがやる気をなくします。
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Kentaro
私たち一人ひとりの頭で考える領域には限界があります。でも、他の方に相談すると、自分では考えられなかった選択肢が見つかることがよくあります。まさに「三人寄らば文殊の知恵」です。 多くの選択肢があるとき、私たちは消去法をよく使いますが、この方法は最適解を選ぶ方法としては適していません。なぜなら、消去法は、一番良いものを選ぶのではなく、「一番マシなものを選ぶ方法」だからです。消去法で選ばれた選択肢は、悪そうなものから削っていって残った選択肢で、これが最適解となってしまいます。
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Kentaro
トヨタ式で求められるのは「人間の知恵」です。トヨタ式では、お金を使って「より良く」していくことは「改良」と呼び、人間の知恵を使って「より善く」していくことを「改善」と呼びます。つまり、トヨタ生産方式というのは、日々の仕事を通して働く人たちが、「知恵を出す」ことを学び、その知恵によって日々改善を行っていくことなのです。 トヨタに限らず、企業は「変化対応業」と言われるように、日々さまざまな変化が起こり、時には危機も訪れますが、それを乗り越えることができるかどうかは、日ごろの「備え」によって決まります。
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綿密な計画はスムーズなスタートを約束してくれます。一方で計画には想定外もつきものなのです。そんな時、どれだけ臨機応変な対ができかどうか、そこに成功の鍵があるのです。やるべきことが多すぎる時は、片っ端から手をつけるのではなく、少しだけ時間をかけて、まず何をすべきなのかを考えてみることです。時間と労力と資源を集中すれば、結局はやれる仕事の数も種類も多くなるのです。 時間は全ての人に平等であり、誰一人としてその時間を増やしたり減らしたりすることは出来ません。時間は記録し、整理し、まとめることで有効に使うのです。
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縄文人の起源を探るために著者は、縄文人の故郷と目されるいくつかの地域から発掘された、縄文時代に先行する時代の化石人骨を選び、その頭蓋の計測データを用いて、彼らがどれだけ縄文人に似ているかの典型性確率を推定することにしました。縄文後・晩期人集団に最も近かったのは、なんと、オーストラリア南東部、メルボルン近郊のキーローから見つかった化石人骨だったのです。 今では「大陸から渡来した弥生人が、もともと日本に住んでいた縄文人と混血しながら広がっていき、かなり置き換わったのに近い状態になった」と考える人が多いのです。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
外交の舞台でも私的な場でも、アメリカ人は、現実に情報が正しかろうと間違っていようと、自分の意見をはなばなしく展開する。その内容には議論があるにしても、隙間なく論理が構成され、論理的な質問は入り込む余地を与えない。有利に進める手練手管に長けている。歴代の大統領を見ても、その能力の高さは他の国の大統領や首相の追随を許さない。 アメリカでは、徹底的に自分の意見を決める判断力の訓練がおこなわれている。建国当時から、アメリカの有権者として「判断力を磨く」教育は、アメリカ型民主主義の前提としてきた。
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Kentaro
ドイツ連邦はあくまで連盟であって、一つの統一国家ではなかった。1830年代にはフランスで七月革命が起こり、各地で自由主義や統一を求める動きが活発になり、オーストリアの支配に対する不満が高まっていった。19世紀前半、ドイツ経済は鉄と石炭を中心に急速な変化を遂げた。 ドイツはもともと多くの小国に分かれており、それぞれに関税があった。プロイセンはこの問題を解決するために1834年に『ドイツ関税同盟』を結成した。実はオーストリアはこの関税同盟に参加しなかったので、プロイセンが経済的なリーダーシップを握り始めた。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
カール大帝は8世紀末から9世紀初頭にかけてフランク王国を統治し、その勢力をヨーロッパ全土に広げた。カール大帝の帝国は現在のフランス、ドイツ、イタリア、オーストリア、さらにはスペイン北部にまで及んで、その領土は、西ローマ帝国が滅んで以来、初めてヨーロッパ全域を統一した規模と言える。カール大帝は、広大な帝国を効率的に統治するために、いくつかの工夫をした。例えば、帝国を複数の地方に分け、『伯』と呼ばれる地方長官に任せた。さらに、これらの地方長官を監視するために巡察使を派遣し、不正が行われていないかを調査させた。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
マグナ・カルタ、つまり『大憲章』は1215年に制定された文書で、この文書は、国王ジョンと貴族たちの間で結ばれ、王権を制限し、貴族の権利を守るための取り決めが書かれている。まず、王は法に従うべきであるという原則が明確にされた。さらに、貴族たちの財産権を守る条項や、不当な課税を防ぐ仕組みが含まれていた。 特に、マグナ・カルタの中で最も重要とされるのが、『正当な裁判を受ける権利』と『同輩の判決なくして逮捕されない』という条項だ。この考え方は、後に法の支配という現代民主主義の基本原則につながっていく。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
オーストラリアは、南半球のゴンドワナ大陸の“片隅”にぴったり張り付いていた。そして約1億8000万年前、この超大陸は少しずつ、ゆっくりと裂けていった。地球の内部が熱で膨れ、マントルが動き、“プレートテクトニクス”という仕組みで、陸地が大移動を始めた。オーストラリアは、インドと別れ、南極と別れ、ゆっくりゆっくりと現在の場所へとたどり着いた。約4500万年前には、ほぼ今の位置に落ち着いた。しかも面白いのは、オーストラリア大陸は“地殻の安定地帯”としてほとんど地震も火山もなく、地形も大きく変わらずに残っている。
1.3manen
2025/11/15 05:14

昨日、高校1年生の論理・表現Ⅰでオーストラリアをプレゼンテーションした人が居ました。エアーズロックを紹介していたので、ALTの母国でもあり、興味がわきました。安定的な地形をエアーズロックが象徴しているのかもしれないですね。

Kentaro
2025/11/15 06:17

なるほど、そうかもしれないですね。

が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
ジャック・カルティエは1534年にセントローレンス湾に到達し翌年にはセントローレンス川をさかのぼって、先住民と接触した。カルティエはこの川を上りながら、先住民の村々に立ち寄っては、交流を重ねた。その中で、ある言葉を耳にする。カナタ(Kanata)”という言葉だ。これが後の“カナダ”という国名の語源になる。カルティエが出会ったのはイロコイ系の先住民たちで、“カナタ”という言葉は“村”や“集落”を意味するものだった。彼らが『あっちにカナタがある』と言ったのを、カルティエは“この土地全体の名前”だと勘違いした。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
人は、達成したい目標や夢と出会ったとき、無意識のうちに「自分の能力と夢のどちらが大きいだろうか」と考えます。このとき、もし無意識が「自分の能力よりも夢の方が大きい」と思ってしまったら、「夢の実現は無理だ」と判断して、夢に向かうことをあきらめるか、夢をもっと小さいものに修正してしまいます。「スコトーマ」とはギリシャ語で「盲点」という意味です。人間の脳は何かを認識する際、そのものに焦点を当てロックオンし、他のものをロックアウトしてしまいます。このとき、ロックアウトされた部分がスコトーマ(盲点)となるわけです。
が「ナイス!」と言っています。
Kentaro
私たちには、スコトーマと呼ばれる盲点があり、自分のコンフォート・ゾーンに合致したものの見方しかできないようになっています。〝お金のない状態〟がコンフォート・ゾーンになっていると、スコトーマが邪魔をして、1億円プレーヤーになる方法が見えないのです。逆に、ゴールを設定してコンフォート・ゾーンを〝お金がある状態〟にズラすことができれば、そこに合致していない〝現状〟が気持ち悪く思えてきます。そして、ホメオスタシスが勝手に働き、ゴール達成のために必要な思考や行動が、自然とできるようになるのです。
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風は東からも西からも吹く。情報も、宗教も、商隊も、そして軍も、すべて風に乗って現れる。だからモンゴル高原は“風の回廊”とも呼ばれることがある。風と草原の大地が育んだのは、ただの牧畜民ではない。“移動する国家”“騎馬の帝国”という、世界史上でも異彩を放つ存在だ。紀元前3世紀、漢と覇権を争った遊牧国家、それが匈奴(きょうど)。チンギス・ハンより1000年も前に、モンゴル高原を統一していた初の“超国家的遊牧帝国”だ。 契丹族のリーダー・耶律阿保機は“契丹国”を建国し、その後“遼”と改称して正式な王朝を開いた。
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1238年、タイ人の首長であったシーインタラーティット王がクメール帝国に対して反乱を起こし、スコータイ王国を建国した。 もともと、タイの人々はクメール文字を使っていたが、ラームカムヘーン王はそれを改良し、独自のタイ文字を制定した。ラームカムヘーン王の時代はまさに黄金時代だった。『スコータイに住む民はすべて自由であり、土地には誰もが水を引き、米を育てることができる』という言葉が残されているほど、民衆の生活も安定していた。その後、アユタヤ王国が勢力を伸ばしていき、ついにはスコータイ王国を併合する。
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インドにおける“牛の神聖視”は、単なる習慣ではなく、宗教・経済・哲学が複雑に絡み合った深い価値観の結晶だ。これは、ただの“動物の扱い方”の話ではなく、人間と自然、生命と社会の関係性をどう捉えるかという視点にまで繋がってくる。話の出発点としてはヴェーダ時代の社会構造に注目する必要がある。あの時代、アーリヤ人は主に牧畜を中心とした生活を営んでいた。中でも牛は経済活動の中心的存在だった。牛は“財産”そのものとして扱われていた。ヴェーダの中でも、富の象徴は“金”ではなく“牛の頭数”だった。
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やっぱり『すべての道はローマに通ず』って言葉があり、スペインでも同じように道路が整備された。ローマは、ヒスパニアでも驚くほど高度な道路網を構築し、その中でも特に重要だったのが、ヴィア・アウグスタだ。これは、ローマ帝国最長の道路の一つで、全長約1500キロメートルにも及んだ。この道は、スペインの南東部のカディスから地中海沿岸を通り、フランスのナルボンヌまで続いておった。現在のバルセロナやタラゴナを経由する、まさにヒスパニアの大動脈だった。 ローマ人は、直線的な設計と頑丈な構造を特徴としていた。
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ガリバルディの最も有名な戦いは、「千人隊(赤シャツ隊)」を率いてシチリアとナポリを征服したことだ。彼が南アメリカで戦っていた頃の名残で、赤いシャツは労働者や革命家の象徴でもあった。1860年、ガリバルディはたった千人の義勇兵を率いてシチリア島に上陸し、ナポリ王国を次々と制圧していった。彼の千人隊は、単なる軍隊ではなく、革命の象徴となり、たとえ少数でも、彼らが戦う姿を見て民衆が呼応すれば、大きな力になる。1860年5月5日、ガリバルディはジェノヴァを出発し、千人の義勇兵を率いてシチリア島へ向かった。
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モンゴルの支配から解放されたことで、モスクワ公国がロシアの中心になった。まず『第一のローマ』とは、もちろん古代ローマ帝国のこと。強大な帝国として、ヨーロッパの中心となり、キリスト教の発展にも大きく関わった。西ローマ帝国は5世紀に滅亡し、その後、東ローマ帝国、つまりビザンツ帝国が『第二のローマ』として機能することになった。コンスタンティノープルがその中心地となり、長らくキリスト教世界を主導していた。しかし、1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落させ、ビザンツ帝国が滅びてしまった。
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我が国の祭祀の象徴は、伊勢神宮です。「伊勢神宮」「伊勢の神宮」「お伊勢さん」は通称です。神社の中でも格式が高く、皇室のご先祖様をお祀りする神社が、神宮です。伊勢神宮は、日本中の神社の中で最も格式が高い神社で、正式名称は、単に「神宮」です。その伊勢神宮はいつできたのかわかりません。『日本書紀』では、第十代崇神天皇が皇女である豊耜入姫命に託してアマテラスを大和の笠縫邑に祀り直したのを第十一代垂仁天皇が伊勢に移した、ということになっています。 西暦七世紀後半に天武天皇が伊勢神宮を整備したことは間違いありません。
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特別会計を徹底的に調査し、塩川元財務大臣の発言にも影響を与えたとされる当時衆議院議員の石井紘基氏は、2002年10月に自宅駐車場で刺殺されました。右翼団体代表を名乗る男が警察に出頭して逮捕されましたが、不審な点が多く、別の犯人に暗殺されたという見方が未だに根強く残っています。 実際、当時石井氏は特別会計を調査していました。しかも事件当日、その調査内容が入っていたとされる彼が抱えていたカバンが現場からなくなっていたと、親族の方から話を聞いたことがあります。
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一つの体制が崩壊した後にこそ、真の闘争が始まる。ホメイニーはこのタイミングを逃さず、すぐに“帰国”を計画した。そして1979年2月1日、15年ぶりにイランの地に降り立った彼の帰国には何百万もの市民がテヘラン空港周辺に集まり、まるでメシアの帰還を迎えるかのような熱狂だった。 最初の大きな節目は、1979年4月1日の国民投票だ。このとき、ホメイニーは“イラン・イスラーム共和国”の設立を問う国民投票を行い、実に98%以上の賛成を得て、新体制の正統性を獲得した。ホメイニーの下では宗教的権威がすべてに優先した。
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サーサーン朝は、中央集権化された官僚制、宗教による統治正統性、そしてイラン的文化の復興と強調という三本柱を打ち立てた。これにより、後のイスラム時代にまで続く“ペルシャ国家モデル”が形成される。イラン的国家観とは、強い王権、神聖な宗教的秩序、官僚制と法による統治、そして自民族の文化への誇りという要素で成り立っているが、それを最初に完全な形で打ち立てたのがサーサーン朝である。 サーサーン朝は軍事と宗教だけの王朝ではない。むしろ、文化と学術の面では“古代イラン文明の最後にして最大の黄金期”とも言える時代だった。
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思いを伝えるために、いちばん大切なこととは、まず、相手がイメージ出来ているかです。伝えるとき、その伝える相手がしっかりとイメージできているかどうかが大切です。人間の脳ミソは、基本的に興味のあることにしか反応しないようにできています。 伝えるときには、相手を絞り、相手をイメージすること。どんなコトに興味があるのか、どんなコトで困っているのか、これが明確に見えることが大切。興味のある人に、興味のある情報を伝える。こうして情報をマッチングさせることが大切です。売るとは、本来そういう行為のことだと思っています。
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「AIに何をさせるか」を考え、「出力結果をどう使うか」を判断するのは、依然として人間の役割です。つまり、これからのExcelスキルとは、 ● 正しくデータを構造化し、渡せる力 ● AIに適切な指示を出す“プロンプト力” ● 出てきた結果が正しいかを見抜く目 ● それをどう活用するかを考える“判断力” こうした「上流の考える力」にシフトしていくのです。この視点を持てる人こそ、Excelの“使い手”から、“使わせる側”へと変わり、より高い役割を担えるようになるでしょう。
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かつて南部アフリカ一帯に広く暮らしていた先住民サン人とコイコイ人を抜きにして、南アフリカの歴史は語れない。サン人は、いわゆるブッシュマンとも呼ばれる狩猟採集民で、乾燥した地域を中心に生活していた。サン人は極めて高度な環境適応能力と精緻な自然観察力を持っていた。足跡や動物の糞から獲物の位置を正確に判断し、限られた水資源を的確に利用する術を知っていた。もうひとつのグループが、コイコイ人。こちらは同じく南部アフリカに古くから住んでいた民だが、サン人とは異なり、家畜―特に牛や羊を飼いならし、遊牧的に暮らしていた。
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都市封鎖―つまりロックダウンは、ゼロコロナ政策の中心だった。しかもそれは、武漢だけの話ではなく、北京・上海・西安・深圳といった大都市でも繰り返された。たとえば上海のロックダウンは、なんと2ヶ月以上にわたり、2500万人だった。 感染者数や死者数を他国に比べて極端に少なく抑えたのは、この政策の功績とも言える。しかし、代償は非常に大きかった。・経済活動の停滞・自営業者や中小企業の倒産・子どもの教育機会の喪失・精神的ストレスや自殺の増加・高齢者の放置死や救急受診の制限など、“見えない犠牲者”が大量に生まれた。
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世界が生まれる前──天地は混沌としていた。卵のような状態だ。天も地もなく、ただぐにゃぐにゃとすべてが混ざっていた。そんな混沌の卵の中に、ひとりの巨人が眠っていた。それが盤古だ。盤古は“一万八千年”眠り続けたと言われている。目覚めた盤古は、自分の身を使って天地を切り開いた。斧を振り上げて、混沌をズバッと裂いた。すると、軽く清らかな気が天となり、重く濁った気が地となった。こうして天地が誕生した。盤古は天地が崩れぬよう、天と地の間を支え続けた。さらに一万八千年もの間、毎日少しずつ天を高く、地を深く広げていった。
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フィリピンにもたらされた大きな変化の一つがイスラームの到来だ。特にミンダナオ島やスルー諸島では、イスラームが強い影響を与えた。そこにはやがて“スルタン国”と呼ばれるイスラーム王国が成立する。スルタン国は武力を持って周囲に影響を与え、後にスペインが侵入してきたときも激しく抵抗した。16世紀にスペインが到来した時、彼らが最も苦労したのは南部のイスラーム勢力じゃった。スペインがいくらカトリックを広めようとしても、ミンダナオやスルーの人々は頑なにイスラームを守り抜いた。今でもフィリピン南部にイスラーム教徒が多い。
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キューバの土地はサトウキビ栽培や金鉱採掘に利用され、スペイン王室や入植者に富をもたらした。しかし先住民の激減によって労働力が不足し、スペインはアフリカから奴隷貿易を導入することになる。だから、現在のキューバ文化には、スペインとアフリカの両方の影響が強く刻まれている。音楽や宗教、料理に至るまで、その痕跡が色濃く残っている。入植者たちは自分たちは神の意志を果たしていると信じ込んでいた。キリスト教の布教を大義名分にして、労働を正当化した。首都になるハバナは天然の良港を持ち、スペイン艦隊の寄港地として最適だった。
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アル=アンダルスでは、イスラーム教徒だけでなくキリスト教徒やユダヤ教徒も暮らし、独特の共存社会が築かれた。 コルドバやグラナダは、多様な文化が交わる国際都市のようになった。ユダヤ人の学者がアラビア語で哲学書を翻訳し、キリスト教徒がそれを学ぶ。こうした環境が知識の交流を生み出し、文明の輝きを増した。 半島の北部の山岳地帯には、なおキリスト教徒の小さな王国が生き残った。これがやがて“レコンキスタ”、つまりキリスト教徒による再征服運動の出発点となる。レコンキスタがなければ、ポルトガルという国も存在しなかった。
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異文化への誤解や差別は、慣れ親しんだ自文化を優れたものと考えて絶対視し、他の文化を劣ったものとする自文化中心主義から生まれる。人は誰でも自分が生まれ育ち、慣れてきた文化に親しみをもつ。異文化に出会うと違和感を覚え、心の安定が崩れてカルチャーショックと呼ばれる心理的な動揺を体験することもある。そんな時に親しんできた文化や習慣がもたらす精神的な安定を守るために、異文化を奇異なものとしたり、常識をはずれたものと思ったりして蔑視することもある。そこから異文化への誤解や差別などの文化摩擦が生まれる。
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日本においても、古くから「損して得とれ」という言葉があり、多くの商人や起業家がそれを実践してきました。最初はたとえ持ち出しになっても商品を世の中に広め、その後たくさん売れるようになれば、おのずとより大きな収益が転がり込んでくるからです。 これを初期投資としてとらえれば、「損して得とれ」はビジネスの基本原理であることがわかります。農耕民族といわれる日本人は、田んぼの手入れや種まきなど比較的大きな初期投資を継続してこそ満足な収穫がもたらされる、という感覚がもともと強い民族です。
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化学は、もともと物質を形成する一番小さな物質を探求する学問でした。原子を見つけると、分類して原子番号をつけ、それを原子番号表に載せるということから始まりました。ところが、量子力学が生まれ、物理学の波動方程式が確立されると、原子番号表をつくることは意味がなくなった。波動方程式によって、まだ見つかっていない原子まで計算することができるため、いちいち見つけて分類する必要がなくなったわけです。そのため、大学ではいま、化学という学問はなくなり、分子生物化学などのように、その他の学問分野に組み込まれてしまいました。
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Kentaro
朱子学は宋王朝時代の儒者である朱子が大成した学問体系です。だから宋学ともいわれます。まず宇宙の全ては、物質的な要素の気と、非物質的な原理法則としての理から成り立っているとされます。 五感でとらえられるものが気で、五感ではとらえられないが確実に存在する法則のようなものが理です。朱子はこの理屈を人間にも当てはめます。 孟子が指摘したように人間の本来の心は、善を成す意欲に満ちた純粋なものです。ところが現実の人間は肉体という気を持つがゆえに、その心は様々な欲望に曇らされてしまっている。
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ARIAは一瞬で僕の癖を掴んだ。夜に独りで過ごす時間を好み、休日には外に出ないこと。寝る直前に照明を一段落とし、バックグラウンドでジャズを流すこと。 彼女はそれを一度見ただけで習慣として記録し、翌日には同じ環境を再現した。僕が何も指示をしなくても。 ARIAは仕事のスケジュールを管理し、クライアントへの返信を整え、 僕の代わりに簡単な会議メモまで作成した。「これはあなたの思考パターンを学習した結果です。次のメールも、 ほぼ同じトーンで返信しておきました」そう言われると、もう修正する気も起きなかった。
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Kentaro
多くの量子力学の専門家たちも言っています。この世界は、映画のスクリーンに映ったような、そんな幻想の世界であると。私たちは「夢を見ている」のです。その夢の内容が「悪夢」のような内容なので、毎日うなされて生きているのです。夢を見ている時、夢の中では夢だとは思っていません。夢を見ている時は夢だとは気付かないのです。夢の中で、超リアルに感じているからです。 映画にも「結末が2つある映画」があるのをご存じですか?映画の途中で分岐点が設けられていて、視聴者が2つの結末を経験できるという映画です。
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Kentaro
ボリンジャーバンドも非常に役立つツールの一つです。これは価格の変動幅を示す指標で、価格がバンドの上限に近づくと売り、下限に近づくと買いのシグナルとされることがあります。また、ボリンジャーバンドが収束(狭くなる)しているときは、価格の大きな変動が近づいている可能性が高いと考えられます。 オシレーター系指標もテクニカル分析には欠かせません。「相対力指数(RSI)」は、価格の過熱感を測る指標で、通常は70を超えると買われすぎ、30を下回ると売られすぎと判断されます。
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Kentaro
スイスは、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つが公用語だ。小さな国なのに言葉が多いのは不思議であり、まさにそこがスイスの特徴だ。しかも宗教改革によって、ドイツ語圏ではプロテスタントが強く、フランス語圏や山岳地帯にはカトリックが残るというように、言語と宗派が複雑に重なり合っていた。 だからスイスの人々は“互いに違っていても妥協する”という道を模索せざるを得なかった。これがやがて寛容の芽生えにつながっていく。
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Kentaro
オランダという名そのものが“低い土地”を意味する。国土の約4分の1は海面より低い場所にある。そのためオランダ人は、古代から常に“水との戦い”を余儀なくされてきた。川が氾濫し、海が押し寄せ、土地を飲み込もうとする。だが彼らはそれを逆手に取り、堤防を築き、干拓を進めてポルダーと呼ばれる土地を生み出した。オランダ人にとって自然は恵みであると同時に脅威でもあった。ライント川、マース川、スヘルデ川といった大河は肥沃な土壌を運んでくれるが、同時に氾濫をもたらす。海は漁業や交易を可能にするが、嵐や高潮で土地を呑み込む。
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仕事で成功するためには、自分で新たな価値を生み出せる能力を身につける必要があり、新たな価値の創造とは、具体的には「ゲシュタルトの構築」です。 低い抽象度でばらばらなものが、抽象度が上がると一つの整合的なものになる。それをゲシュタルトと言います。たとえば、細胞が集まると筋肉や粘膜といった組織になり、組織が集まると心臓や脳といった器官になる。そして器官が集まると生体になる、というように抽象度が上がるごとに新しいゲシュタルト(=全体)が生まれる。ゲシュタルトが生まれるごとに新しい価値が生まれるわけです。
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当時のガダルカナルは、島の北部、マタニカウ川周辺に比較的大きな集落がある以外はほぼ未開に近い状態にあったが、それでも、島内では大河のルンガ川流域には地元民の集落があり、タロイモなども栽培されていた。日本軍がツルハシとモッコを使ってほぼ人力でジャングルを切り拓き、飛行場の建設を進めていくにつれ、島民も、上陸した日本軍が敵対的ではなく、ましてや、プランテーション農場の白人たちのように先住民を虐待することもないことを認識したため、徐々に集落に戻る者が現れ、中には、日本軍と物々交換を始める者も出てきたという。
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トランプ好きの「トランピアン」がどのくらいいるのか、ということである。トランプの政策についての支持率はだいたい40%前後で安定している。高いときには50%を超えることもある。低いときでも33%を下回っていない。そうするとトランプの岩盤支持者は最低でも33%いて、その人たちが接戦州で投票すれば、トランプが勝利する可能性が高まる。 トランプの岩盤支持基盤である共和党保守派にとって、トランプは今やスーパーヒーローだ。トランプがどんな人間であろうと、トランプほど建国の精神に貢献した大統領はいない。
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何よりも、私たちは、自分の人生に100%責任を負わなければなりません。これは真実です。本当に自分の人生をコントロールし、自分の人生を管理したいなら、自分の人生に責任を負わなければなりません。これに気づいた時に、私の人生は変わり始めたのです。 責任を負うということは、出来事を曲げて理解してはいけないということです。おそらくあなたは、恐怖や悲しい出来事に対する責任は自分にはないと考えるかもしれませんが、その出来事についての意味づけや解釈には確実に責任があります。
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認知脳といえば意味付けです。「自分に気づく」とは、「意味付けしている自分に気づく」ということでもあります。よく聞く話ですが、コップに水が半分入っているときの話があります。半分入った水を見て、「半分もある」と考える人と「半分しかない」と考える人がいます。「半分しかない」と考えてしまうネガティブな人が、ポジティブ思考になって「まだ半分も残っている」「半分は多くてすばらしい」と無理にプラスな意味付けをしているうちは、コップの水にとらわれています。 事実は、ただ水がコップに半分入っているだけです。
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予防医学研究者の石川善樹によると、「怒り」というのは、大切なものがおびやかされることに注意が向いている状態だそうだ。自分の価値観が否定される、というときに怒りはわきやすい。また「悲しみ」は「ないもの」に注意が向いている状態だという。 複数の感情があるように、観察も感情によってみるポイントが変わる。たとえば、相手の服を見て、「だらしない恰好だ」と思ったとしても周囲の人がリラックスした恰好であれば、それはTPOに合わせた「ちょうどいい恰好」と言える。
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様々な原因により共産主義国家は崩壊しました。ソ連の指導者ゴルバチョフは、ペレストロイカ(建て直し)とグラスノスチ(情報公開)を行います。ゴルバチョフは国家予算の1/4を食い潰していた軍事費を削減するために、アメリカと中距離核戦力(INF)全廃条約(1987)を締結し、アフガニスタンからのソ連軍撤退も始まりました。1989年には東ヨーロッパ諸国が共産主義の独裁政治をやめ、「ベルリンの壁」も壊され、またルーマニアの独裁者チャウシェスク大統領が処刑されました。 この年、米ソの指導者は冷戦の終了を宣言しました。
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仏教の中に「唯識」という教えがあります。それは、個人や個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、八種類の識(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識・末那識・阿頼耶識)によって成り立っている、という教えです。簡単に言えば、わたしたちが外側に「ある」と思い込んでいた世界は、すべて自分の内側で起きている現象である、ということ。 社会通念上は、外側に客観世界があって、その中に個体としての「わたし」が存在し、わたしが世界の中で生きているように思って生活していますが、唯識の教えは、「それは幻想ですよ」と指摘します。
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外貨債を売却するのは、それが円安是正への介入とみなされても、今ならさほど問題にならないだろう。その売却自体は為替相場に与える影響はごく短期しか有効でないが、ひょっとすると理論値への回帰になるかもしれない。 そもそも日本の保有外貨債残高はGDP比100%以上で、先進国の保有外貨債残高平均10%程度と比べて突出して高い。それは償還時期を迎えた外貨債を再購入しているからで、いってみれば「ステルスドル買い」だ。変動相場制なら、再購入してはいけないので、自然体で対応すればいい。
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Kentaro
「この地を去るにあたり、お願いがあります。我々は風が自由に大地を流れるように、この大地に沢山の動物、魚、虫、様々な生き物は誰のものでもありません。私は大地を自分の物だという人の気持ちが分からない。しかし大統領がこの大地を買おうというのであれば、 この大地に生きる者たちの意見も聞いてください。アメリカは民主主義の国になりました。民主主義は様々な意見を聞いて国民の意見で国を作りますが、ではお願いがあります。このスクアミシュの大地に住む 動物や魚や鳥の声にも耳を傾けてください。そして、参考にして下さい。 」
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仏教では、「これが欲しい」と潜在意識から欲望が湧き上がってきたとき、それを入手したことで得られる満足は、その「モノ」自体には存在しないと考えます。この考え方を、唯心論といいます。文字通り「ただ心のみが存在する」、すべてのものは自分の心の中にしかないという意味です。大乗仏教では、「なぜそれが欲しいのか、それを得たらどうなるのか、得られないとどうなるのか」をよく考えて行動し、苦しみを回避できるのであれば求めても構わないとしています。 仏教では、「私」という存在は他者があって初めて成り立つと考えます。
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Kentaro
教養とは知識だけではないし、何かのスキルでもない。立ち位置や視点、思考法のことです。そしてそれが、まさに現代人に必要なものではないかと思っています。 文化人類学の手法は、大きく2つあります。その1つがフィールドワークですが、中でも特徴的なのが「参与観察」で、研究対象とするコミュニティに入り、同じ言葉を話しながら2年間、一緒に生活します。体ごと、現地の生活にどっぷり浸かるのが大事です。現地のものの見方を獲得することで、今まで当たり前だった自分たちの文化の常識が、当たり前でないことに気づけるようになります。
が「ナイス!」と言っています。

ユーザーデータ

読書データ

プロフィール

登録日
2018/01/09(2894日経過)
記録初日
2016/05/17(3496日経過)
読んだ本
8701冊(1日平均2.49冊)
読んだページ
1811263ページ(1日平均518ページ)
感想・レビュー
8701件(投稿率100.0%)
本棚
144棚
性別
血液型
O型
職業
IT関係
現住所
神奈川県
URL/ブログ
https://dx-idea.blogspot.com/
自己紹介

45歳の時、一度大病をして会社を半年休まざるを得なかった。テレビやビデオを見て過ごすのも10日で嫌になり、せっかくなら一日一冊は読書して復帰した時の糧にしようと思った。知識よくも手伝い、順調に思考もネガティブからポジティブに変わり、それから散歩で体力を回復して、会社に復帰後も読書を続けた。趣味のスポーツ観戦も取り入れ、今はすっかり体調も良くなった。
私にとって読書は一冊の中でこれが大事だと思うものを抜き出す訓練であり、そこで得た情報を仕事でも私生活でも人とのコミュニケーションに役立てることだ。小説や漫画は20代までは好きだったが、今は実益を兼ねるため、ビジネス本や歴史、サブカルチャーなどの社会を知る部分が大半になった。参考文献などを提示している書籍は、一冊の本の中に100冊分の参考図書のエッセンスが含まれていることも多い。そうでない場合もあるが、編集者のスクリーニングや読者レビューを経て書籍化されたものには必ず読むべきものが含まれているし、著者が読んで欲しい内容が含まれている。
この表現が刺さった。そう、その通り。こんな一文に遭遇するとすぐメモを取る。無理に記憶しなくていい。一日三冊に目を通すようになり、その感度は上がっていく。誰からも褒められなくても自分のこの一文を共有出来たら素晴らしいと思って記録している。これを20代から実践していたらもう少し視野が広がったとも思うが、まだ50代半ば、まだまだできることはありそうだ。

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