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2024年10月の読書メーターまとめ

みのくま
読んだ本
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読んだページ
4081ページ
感想・レビュー
13
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166ナイス

2024年10月に読んだ本
13

2024年10月のお気に入られ登録
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  • arry

2024年10月にナイスが最も多かった感想・レビュー

みのくま
ミステリ調の作品というよりも直球ファンタジーと評した方が適切だろう。「葬送のフリーレン」を彷彿とさせる作品で面白く読めるが文学的に深いかというとそうでもない。ただ今時珍しく努力と根性が美徳として語られる作品だ。無理に読み込めば、本作は主人公が自身の成果を正当に評価できるようになる為の苦闘を描いているとも読める。それはつまり、現代社会において強者が努力と成果を正当化する事は大変難しいのだ。自己肯定感が持て囃される現代人にフィットした作風とも言える訳だが、果たしてぼく達はそこに文学性を感じる事ができるだろうか
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2024年10月にナイスが最も多かったつぶやき

みのくま

2024年9月の読書メーター 読んだ本の数:16冊 読んだページ数:4840ページ ナイス数:152ナイス ★先月に読んだ本一覧はこちら→ https://bookmeter.com/users/543477/summary/monthly/2024/9

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2024年10月の感想・レビュー一覧
13

みのくま
本書は、日本書紀は持統帝と藤原不比等が自身の正統性を主張する為に作られた歴史書であり、古事記はその日本書紀に対するアンチテーゼになっているという。他にも本書はかなり突っ込んだ仮説が語られており少々驚いた。ヤマト王権の創立時や邪馬台国は想像力を逞しくさせる魅力がありロマンに溢れているのは分かるが、さすがに説得力に欠けるのではないか。本書のような内容にありがちなのは、自身の主張に都合が良い史料のみを繋ぎ合わせて使ってしまう事であろう。面白い仮説は沢山あるのだが、そこにある程度の説得力を付与する難しさを痛感した
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みのくま
本書はかなり俗人的な熊楠像を提示している。プライドが高くコミュ障の合理主義者であり、神社合祀問題は自分の研究フィールドが破壊されるから反対し、キノコや夢の研究は一生楽しめるからやっていたらしい。しかしそれはあまりにもこの知の巨人を現代人に引き付けて考えすぎではないか。本書巻末にあるように、熊楠は明らかに近代アカデミズムの範疇を超えている傑物であって、むしろ江戸時代の知識人と比較すべき人物ではないか。成果を出す為に研究をしていない彼は全ての研究において哲学的な命題を解こうとしていた哲学者であったのではないか
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みのくま
土葬の文化がつい最近の日本で存在していた事に驚く。同時にぼく達の持つ土葬への嫌悪感とはつい最近形作られた事を知る。日本は火葬率99.9%らしく、この急激な火葬の普及は一体何を意味しているのか。しかし本書を読むと土葬の生々しさに堪えられない自分を見つける。土葬は遺体を屈伸させたり他にも極めてグロテスクな処置を求められる。本書はこの土葬の生々しさとカニバリズムの関係にも触れており禁忌とかなり近しい事がわかる。また、本書は野焼き火葬や風葬といった葬送儀礼にも言及されてたら興味深い。民俗学とはこういうものなのだな
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みのくま
ミステリ調の作品というよりも直球ファンタジーと評した方が適切だろう。「葬送のフリーレン」を彷彿とさせる作品で面白く読めるが文学的に深いかというとそうでもない。ただ今時珍しく努力と根性が美徳として語られる作品だ。無理に読み込めば、本作は主人公が自身の成果を正当に評価できるようになる為の苦闘を描いているとも読める。それはつまり、現代社会において強者が努力と成果を正当化する事は大変難しいのだ。自己肯定感が持て囃される現代人にフィットした作風とも言える訳だが、果たしてぼく達はそこに文学性を感じる事ができるだろうか
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みのくま
本書はキリスト教の終末観がどのようにヨーロッパを駆動したのかという観点から歴史が綴られる。時の権力者達は終末の日が近いという事を意識しつつ時代を作っていたのだという。これは歴史を概観する上でかなり重要な点である。ぼく達は明日大地震が来るかもしれないと思って意思決定していない。だが彼らは終末を意識して意思決定をしていたのだから、ぼく達とはまるで違う考え方をしているのだ。そういった違いは「ローマ」についても言える。教科書的には西ローマ帝国の滅亡年代は明確だが、実際にはローマは概念として昇華され続いていくのだ。
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みのくま
ぶっちゃけ全然理解できなかった。哲学的な命題である時間とは何かという問いを物理学的アプローチから解析していく本書は、ぼくのようなド文系には厳しかった。とはいえ、かなり重要な事が書かれている事はわかる。ゼロ年代以降並行世界論がおたく界隈で盛り上がっていたが、まさに創作者にはアイデアの宝庫ではないかという気がする。特に時間は過去から未来に一方向に進んでいない事や、世界「線」ではなく世界「点」が正しいなどは大変興味深い。ぼく達は当然のように時間は「流れて」いると感覚しているわけだが、果たしてそれは自明ではない。
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みのくま
百人一首は15世紀に再発見されるまで注目されていなかったらしい。しかし再発見から江戸時代にかけて瞬く間に人口に膾炙し、古典教養のみならず娯楽として社会階級問わず親しまれた。実際に百人一首は初学者にも分かりやすく情緒豊かな和歌が選ばれている。この百人一首だが元は藤原定家が宇都宮蓮生に送った百人秀歌だったようだ。それを何者かが選歌は殆どそのままに順番を並び替えて編纂し直したらしい。百人秀歌は和歌の技巧を重視した順番であるが、百人一首は物語性を前面に出している違いがある。時代を超えた作品に生まれ直したという事か
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みのくま
完全な血縁集団とは言い難い「氏」と、その下部構造である「部」。これらの根本的な組織的紐帯は職掌にあったようだ。だが時代が進むと血縁による「家」が豪族・貴族の基本的な集団単位となっていく。どうしても氏と部と家がごっちゃになってしまう為分かりづらくなってしまうが、ここは明確に分けた方が良さそうだ。また古代は渡来人系の集団にも種類がある。秦漢帝国の末裔を自称する氏や百済新羅高句麗の末裔を自称する氏もいる。ここで重要な事は現代の国民国家の枠組みで古代日本を理解してはならない。倭国と日本は異なる国家という認識である
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みのくま
分かりやすくかつ楽しくギリシア神話を解説する。ただあまりに現代の感性で俗人的にギリシア神話を読んでいるので、ギリシア神話の持つ社会性が削がれているきらいがなくもない。特に男女関係の問題はそのように解釈しがちであるが、他方で婚姻の問題は相続の問題と密接に関わっており極めて社会性の強い事象であろう。ギリシア神話が不貞や近親婚の問題を取り上げているのは決して悲劇的な人間模様を描く為だけではなく、古代の女神信仰と信仰宗教、そして歪な男尊女卑社会を内包したギリシア世界がいかに存続するかを模索した形跡なのではないか。
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みのくま
新書らしいざっくばらんな対談で面白かった。特に一神教と多神教は明確に分けられるわけではなくスペクトラムなのだという主張は腑に落ちた。一神教でも時代によっては多神教よりの一神教にもなるし、逆に原理主義に支配される事もある。多神教も同様に一神教的なものに塗り替えられる事もある。どちらが寛容かどうかは確定できないのだ。またイエス・キリストが仏教的精神性を持っていたという指摘は興味深い。歴史的にもあり得る指摘らしくトンデモであるとは切り捨てられないらしい。ぼくには判断がつかないが、言及されていた本を読んでみよう。
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みのくま
学生の入試対策用の通史なのだろう。本書は平易な言葉とユーモラスな設定で楽しく読める。古代から一気に近世まで世界史を駆け抜けるので雑な部分が多いが暗記する工夫まで書かれていて微笑ましい。他方で本書が「ものがたり」かというと疑問がある。広大な地域と年代を扱うので史実が羅列されているだけのように感じるし、少しばかり人物に焦点を当てたコラムがあるぐらいで、歴史の大河の全貌が見えるわけではいのだ。例えばダメな時代をダメと書くのではなく、なぜそうなってしまったのか、どう抵抗したのかといった文学的な想像力の必要を感じる
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みのくま
西周はphilosophyを哲学と訳したが中江兆民は理学と訳した。理学は宋学の別称であり西は混同を避ける意味で哲学と訳したのだが、中江は共通点を強調する意味で理学を使った。この事は思想的にかなり重要な意味がある。全く違う「文明」を受け入れる時に全くの他者として受容するのか、それとも共通点を見出しつつ受容するのか。現代では西の訳語が使われている事から鑑みるに西の思想が勝ったのだろう。しかしそれは本当に日本にとって良かったのか。西洋を全くの他者として受容してしまった弊害が現代に至るまで尾を引いている様に感じる
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みのくま
フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの言語哲学を解説しつつ、より具体的に問いを前進させる本書は、平易でユーモアのある文体と共に楽しく考えさせてくれる。ちなみにオーディブルで聴くと著者本人が登場する。なかでも固有名にまつわる問題は大変興味深い。なぜぼく達は固有名と一般名を使い分けられるのか。また固有名は定義できないのか。しかし他方で、子どもの言語学習という観点に立つとき、本書のような言語哲学的な学習が行われているとは思えない。ぼく達はもっとぼんやりと言語を取得してしまっているのではないかという気がする。
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ユーザーデータ

読書データ

プロフィール

登録日
2015/01/22(3595日経過)
記録初日
2014/11/01(3677日経過)
読んだ本
1085冊(1日平均0.30冊)
読んだページ
310312ページ(1日平均84ページ)
感想・レビュー
953件(投稿率87.8%)
本棚
11棚
性別
年齢
37歳
職業
営業・企画系
現住所
東京都
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