⇒それぞれの絵に置かれた、詩情にあふれた解説の文章も心地よい。背景となる基礎的な知識を示すとともに、作品の本質を捉え、さらには作家の全作品に通底する思想、理念までをも幅広く示し、絵の理解を手助けしてくれる。 「夏の朝。蓮池のまわりは、陽射しが照りつける前の、おごそかな静寂に包まれています。泥の中から咲く白蓮は、けがれを知らぬ美しさから、古くから尊重されてきました。まさに清浄な生命を、花開かせようとする瞬間。水滴をはじく蓮の葉のみずみずしい輝き。その一瞬を、いきいきと香り高く描いています。
⇒絶望の淵でも光を求められる女性の力を感じたことをふと思い出した。 若い娘たちが春先の夕方、突然村を抜け出して伊勢参宮に行く解放的な旅があったという話や、武家とは違って日本の民間の習俗では女性が家督を継ぐ場合もよく見られたという話など、新鮮に感じられた。 対馬の染織の話では、涼やかな夜風が吹く中、月明かりを浴びながら、海辺に糸車を出して一晩中糸を紡ぎ、暑い昼は寝て暮らすという、どこまでも自由で、夢幻的な、桃源郷のような生活が少し前の日本にあったことに驚き、嬉しくなる。
霧雨の降る中にいるような心持ちになる。 「眠りとは紛れなく渡河 夜と朝のしろきほとりに身は濡ちつつ」「箱舟に乗せられざりし生きものの記憶を雨の夜は運び来」 時折見せる、遥かき行く末までを透徹したかのような眼差しにはっとさせられることもある。生活者として日々を送りつつも、天上のような視点を自身のうちに抱く歌人の心に共感を覚えた。 「一生は長き風葬 夕光(ゆふかげ)を曳きてあかるき樹下帰りきぬ」「人死にて言語(ラング)絶えたるのちの世も風に言の葉そよぎてをらむ」
⇒さらには大陸文化や西洋文化との差異までを浮かび上がらせる視野の広さも魅力的だ。 「自然と人生をひっくるめて、ともに許容するおとなしい柔かさ。運命を見ぬき、やさしく諦観し、しかも人生を捨てきらないで、自分達の分量だけで充実して生きることを楽しんでいる」 わずかな滞在期間にも関わらず、沖縄の人びとの本質をつかみ、この旅の十数年後に補記した「本土復帰にあたって」の小文では、「本土なみ」になるのではなく、沖縄の独自性を貫き、日本文化こそ「沖縄なみ」になるべきと説く。
国内外の小説、詩、短歌、俳句など幅広く好きです。歴史や美術、社会科学にも興味があります。
最近は、辻邦生、宮沢賢治、丸谷才一、須賀敦子、藤沢周平、柴田元幸などをよく読んでいます。
心あたたまり、人生を豊かにしてくれるような本との出会いを、これからも大切にしていきたいです。
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霧雨の降る中にいるような心持ちになる。 「眠りとは紛れなく渡河 夜と朝のしろきほとりに身は濡ちつつ」「箱舟に乗せられざりし生きものの記憶を雨の夜は運び来」 時折見せる、遥かき行く末までを透徹したかのような眼差しにはっとさせられることもある。生活者として日々を送りつつも、天上のような視点を自身のうちに抱く歌人の心に共感を覚えた。 「一生は長き風葬 夕光(ゆふかげ)を曳きてあかるき樹下帰りきぬ」「人死にて言語(ラング)絶えたるのちの世も風に言の葉そよぎてをらむ」
歌人の水原紫苑さんの寄せた「人間が荒れ狂う今世紀にこのような美しい歌集が生まれたことをことほぎたい。」という帯紙の言葉は、過言ではない。