⇒『華岡青洲の妻』の妻と姑との苛烈な争いも、物語の最後、二人の墓よりも遥かに大きい華岡青洲の墓の描写を読むと、この二人はどちらも男性中心の封建的な社会の被害者であるように感じるとともに、「この小さな墓の存在を忘れるな」というメッセージを読み取った山下聖美さんの読み方に共感を覚えた。 現在にも通じる普遍的なテーマをリアルに描く、その眼差しは俯瞰的であり、人間という存在、人生への温もりを感じさせる。 一つの青い壺をめぐる、様々な人びとの人生を描いた『青い壺』も、胸の奥がじんわりと温かくなる作品だ。
五十年ほど昔の市井の人びとのささやかな幸せは、今の読者にとっても変わらぬ魅力を持つ。たとえ高価なお金をかけなくても、便利な機器に囲まれていなくても、心持ちひとつで幸福は得られることを教えてくれる。 「孫を先に出し、自分はゆっくり湯に浸ってから、シメは自分の部屋に戻ると、悠々と布団を敷き、先刻作った枕をのせ、そこに頭を当てて寝た。耳の下で、花びらの割れる薄い音がして、甘い花の香りが、わっとシメの顔におそいかかった。 「極楽だな」 シメは呟き、間もなく健康な寝息を立てていた。シメは寝入りばなに鼾をかく。」
⇒第三の勢力がキャスティングボートを握るところなどは、今の国会情勢のようだ。渦巻く欲望の中で、どこまでも純粋で美しい心を持つ里見助教授。『沈まぬ太陽』を読んだ時にも感じたが、読者は作者から、「あなたはどちらの生き方を選ぶ?」と常に問いかけられているような思いを抱くことになる。 辛勝した財前が、我が世の春といった様子で、ドイツの国際学会に向けて旅立つところで本巻は終わる。絶頂の中で、財前の受け持ちのある患者に焦点を当て、後に訪れるであろう災厄の兆しを感じさせる筋立ては巧みである。
「財前は、華やかな注目を浴びる自分の姿を眼に浮かべ、酔うように云ったが、ケイ子は、海を隔てて瞬きはじめた淡路島の夜の灯を眺めながら、 「きれいな夜景ね、でもあの宝石のように燦く灯の中に、一つだけ不吉な光を放っている灯があるような気がするのは、なぜかしら」 ぽつりと云った。」
⇒1980年代に一世を風靡した代表作『ハートカクテル』は、都会的で、お洒落で洗練された世界である一方、実生活は遅くまでの仕事と満員電車に揺られる日々であったという。そうした、「ここにはない」願望や理想の世界であるからこそ、同じような立場にある多くの読者を惹きつけたのだろう。
町医者の開業医は金はあるが権威はなく、国立大学医学部の医者は権威はあるが金はない。そうした中で、財前五郎だけでなく、誰もが欠乏を抱えており、それを埋める果てしない欲望を持つ。「白い巨塔」というタイトルについて、初めは国立大学の医学部を指していると思っていたが、読み進めるうちに、医学会全体、ひいては日本の組織全体に通じる病を表しているように思えた。 そうした富と権力の獲得競争に奔走する人びとの対極あるのが、財前五郎の同期の第一内科の里見助教授だ。当初は研究に打ち込むものの、
「今、目の前で苦しみ、死んでいく病人の体にじかに触れ、診療して、その生命を守りたいという希いに駆られて」臨床に転じた。組織人としては不器用であり、青臭いと言われるかもしれないが、常に利己ではなく利他の思いで行動する数少ない登場人物であり、「白い巨塔」に取り込まれない、ヒューマニズムの最後の砦のように感じた。 「いや、僕は無理をしたり、妙な画策をしたり、 自分の良心を失ってまで教授になりたいとは思わない。自然になれれば、それは幸いなことに違いないが、なれなければ、それだけのことだよ」
国内外の小説、詩、短歌、俳句など幅広く好きです。歴史や美術、社会科学にも興味があります。
最近は、辻邦生、宮沢賢治、丸谷才一、須賀敦子、藤沢周平、沢木耕太郎などをよく読んでいます。
心あたたまり、人生を豊かにしてくれるような本との出会いを、これからも大切にしていきたいです。
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町医者の開業医は金はあるが権威はなく、国立大学医学部の医者は権威はあるが金はない。そうした中で、財前五郎だけでなく、誰もが欠乏を抱えており、それを埋める果てしない欲望を持つ。「白い巨塔」というタイトルについて、初めは国立大学の医学部を指していると思っていたが、読み進めるうちに、医学会全体、ひいては日本の組織全体に通じる病を表しているように思えた。 そうした富と権力の獲得競争に奔走する人びとの対極あるのが、財前五郎の同期の第一内科の里見助教授だ。当初は研究に打ち込むものの、
「今、目の前で苦しみ、死んでいく病人の体にじかに触れ、診療して、その生命を守りたいという希いに駆られて」臨床に転じた。組織人としては不器用であり、青臭いと言われるかもしれないが、常に利己ではなく利他の思いで行動する数少ない登場人物であり、「白い巨塔」に取り込まれない、ヒューマニズムの最後の砦のように感じた。 「いや、僕は無理をしたり、妙な画策をしたり、 自分の良心を失ってまで教授になりたいとは思わない。自然になれれば、それは幸いなことに違いないが、なれなければ、それだけのことだよ」