良著。「その日暮らし」という言葉に対して、典型的な日本人である私たちは、後先を考えないというマイナスの印象を持ってしまう。ところがその考え自体が、本書に出てくるLiving for Todayの考え方に反する、国同士の貿易関係という主流派資本主義経済にハマっていることによるものだ。インフォーマル経済・海賊版が盛んに売り買いされる社会の逞しさを感じつつ、「今頑張らないと将来苦労するよ」の結果が金だけはあって身体も脳も老化し切った老人としての生かと思うと、資本主義に生きる私たちの幸福とは?と思わせられる。
Living for Today、その日暮らしのピダハンやタンザニアの都市生活者の方が、常日頃から電車広告やスマホ広告で英語コンプレックス・ITコンプレックス・ハゲコンプレックスを刺激されて、常に生産性と効率性に追いかけられて生きる私たちあわれな日本人より、生き生きとした生を送れているというのはなんとも皮肉だ。物質的に幸福というのは、その代償として精神の荒廃がセットとしてやってくるのかもね。
「安定した仕事に就きなさい」と言われても、ゴリゴリ大企業で調整・調整・また調整の日々を繰り返していると、社会人ではなくその企業の組織人になってしまい、ひとたび外に出たら座ってるだけしか能のない存在になってしまう恐怖は日本人でもあるだろう。しかし、本書に出てくるタンザニア人はその遥か上をいく。みんながジェネラリスト、「何をしてでもとりあえず食っていく」「家族の誰かが稼げればとりあえず食っていける」という逞しさを感じた。「根拠のない自信」という言葉自体が主流は資本主義の創作。
Living for Today、その日暮らしのピダハンやタンザニアの都市生活者の方が、常日頃から電車広告やスマホ広告で英語コンプレックス・ITコンプレックス・ハゲコンプレックスを刺激されて、常に生産性と効率性に追いかけられて生きる私たちあわれな日本人より、生き生きとした生を送れているというのはなんとも皮肉だ。物質的に幸福というのは、その代償として精神の荒廃がセットとしてやってくるのかもね。