
米澤穂信が挑む、戦国×ミステリの新王道
黒牢城
戦国時代を舞台にした安楽椅子探偵ミステリとは、よくぞ考えたものだ。しかも探偵役は有岡城の地下牢に幽閉された黒田官兵衛で、城の内外で起きた事件に悩む謀反人荒木村重に手掛かりを与えて解決していくのだ。
明日の見えない2人が交わす言葉は研ぎ澄まされたナイフが触れ合うようで、一歩誤れば何があるかわからない緊迫感に満ちている。官兵衛が謎解きのヒントを出していたのは深いたくらみがあってのことで、戦国の謎のひとつである村重の有岡城からの単独逃亡の結末へつながっていくのだ。
圧倒的な迫力と重厚さで読まされてしまう今年の収穫。

過去の愛と罪を追う、サスペンスミステリー
殺した夫が帰ってきました
待ち伏せしていたストーカーから救ってくれたのは、5年前に茉菜が崖から突き落として殺したはずの夫だった。彼は記憶の一部を失ったといい、そのまま共に暮らすようになる。以前とは全く違う様子の穏やかな夫。それは本当に記憶をなくしているからなのか、それとも?
おかしな距離感で続く同居生活も、話が急展開する後半もどんな結末が待っているのか予想できず一気に読まされた。不自然に思えた部分も事情が分かると納得してしまう。
文庫300頁弱でさらっと読めたのに、長編の社会派サスペンスを読んだような予想以上の哀しさと切なさが残った。

激動の時代を生き抜いた女絵師の一代記
星落ちて、なお
画鬼と称された河鍋暁斎の娘で、自らも絵師として明治から大正を駆け抜けた、河鍋暁翠の一代記。
この物語から見えてくるのは、彼女の自分探しの旅であり、家族や夫婦の在り方、さらに時代の流れ。それを際立たせるのが、章立てと余白の持たせ方だ。人生の岐路やトピックを抽出し、連作のように数年おきに章を構成。そのため書き込み過ぎずとも、めまぐるしく移り変わる世情や画壇の中、彼女はどう生きたのかが鮮明に浮かびあがってくるのだ。
暁翠を陰に日向に支えた人物のサイドストーリーも生かされた人間ドラマ、じんわり余韻を残す終幕が印象的。

アート史上最大の謎に迫る、著者渾身の傑作ミステリー
リボルバー
ゴッホが自殺に用いたとされる謎めいたリボルバーに着想を得た本作は、歴史の盲点を付くミステリー仕立てのフィクションだ。とは言えその中身は実に巧妙で、まるでゴッホの死の真相に新たな仮説を提唱するかの如く真実味を滲ませている。
物語の信憑性は、吐息を感じるほど生々しく描かれたゴッホとゴーギャンの姿によって感覚的にも担保され、その上で語り出される切ない件の中で露になる2人の心情が、とてもリアルに感じられ、すんなり胸に沁み入ってきた。そのおかげで難解な2人の作品を、以前にも増してぐっと身近に感じることができる。

著者が、自身に、読者に問い掛ける衝撃の問題作
死にたがりの君に贈る物語
人気シリーズ完結を目前にして突然の訃報が告げられた小説家ミマサカリオリとシリーズの結末を追う男女七人の物語。
未完のシリーズをなぞる共同生活と絶対に起こるはずのない事件が絡み合って、少しずつ崩壊していく共同生活には何とも複雑な感情を抱いた。
この物語の果てに待ち受けているものは何なのか。ネタバレしないように書くのは難しいけど、帯の『あなたがいるから、私は小説を書こうと思います』この一言に尽きる。
物語への愛の深さも素敵だし、そんな物語が誰かを救うのだとしたら何と素晴らしいことか。物語の存在意義が感じられる傑作。

限界に挑む人々の運命の瞬間をとらえた将棋ミステリー
神の悪手
将棋の世界を舞台に描かれた五つの短編。
苛烈な競走が繰り広げられる奨励会やAlの登場によって大きく変化した棋士たちの人間ドラマがミステリ仕立てで描かれる。
将棋に運や偶然はない。たった一つの悪手が勝敗を分ける。対局時の張り詰めた緊張感やその厳しい世界に人生を賭けた棋士たちの葛藤がピリピリ伝わってきて背筋が伸びる思い。そこにミステリを絡める芦沢さんの上手さが光る。
読みやすい文章で意表を付く展開に驚いたり、なるほどと唸ったり。子どもや駒師を主人公にするなど切り口も色々。五作品とも飽きることなく楽しめる傑作です。

モヤモヤした日常を吹き飛ばす青春群像小説
エレジーは流れない
ぷぷっ、アホばかりして。登場する男子校生達に笑いながらも、主人公には煮え切らないものを感じ歯がゆい。父親を知らないのはともかく、何で自分には母親が2人いて、その間を行き来するんだろうって普通聞くよね。でも、聞けないんだなあ…
自分の本当の願いも胸にしまいこんでいるのに、淡々と暮らす様子がどうにも切ない。でも読み進めるうちにわかってくる。この子も周りに守られているし、また彼も周りの大切な人を守っている。「迷惑のかけあいが、誰かを生かし、幸せにする」そうだよなって。
心があったかく、ほっこりになる。そんな作品。

圧巻の最終章に涙が込み上げる、著者の新たなる代表作
琥珀の夏
カルトと批判された団体の敷地で発見された子どもの白骨。弁護士の法子は、30年前にそこで出会った少女ミカのものではと胸騒ぎを覚える。
理想の教育を掲げる団体の教えは間違ったことばかりではないが、子どものためと言いながら、どこか大人の傲慢さが見え隠れする。離れて暮らしている親に会いたいと願うミカの想いが切なかった。ミカからノリコへの「ずっとトモダチ」というメッセージは、救いを求めるものだったのでは。
親子とは何か、法子はミカとの約束にどう決着をつけるのか。価値観を揺さぶられる読書体験だった。