
西洋童話がベースの連作短編ミステリー
赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。
大人の世界、の一冊。タイトル通り、赤ずきんちゃんが旅する先々で童話の主人公と出会い、ついでに死体と出会ってしまう短編集。
大人の大人だからわかるこの世界は今回も健在。トリックよりもブラックが心に残る楽しい味付け。人の強欲さが見事に浮き彫りにされた、マッチを巧く人間心理に絡ませた最終章は一番読み応えあり。
ここまで見事に童話を仰天チェンジする青柳さんの職人技に今回も脱帽。そして赤ずきんちゃんの洞察力、随所でのストレートなセリフがスカッとくる。
犯人のドキッという心臓の音がこちらまで伝わってくるようだった。

青い海と空のもと始まる、人生の夏休み
二百十番館にようこそ
就活に失敗し挫けて、いわゆるネトゲ廃人になってしまった主人公が、離島にある伯父の遺産の古い建物に「捨てられる」ところから物語は始まる。
主人公の行動がいかにも心優しきチーム系オンライン・ゲーマーで楽しい。まさに「おいでよ、小さな島」である。「場面限定」ではあるにせよコミュ力や行動力や忍耐力を持った若者も、現実の社会では人見知り・出不精・根性なしなどと言われてしまいがちなのだろうか。
社会が提供できる「場面」が多様でありますように。厳しい現実のバトルから身を護り歩き出すための回復アイテムのような物語。

精神鑑定医が主人公の医療ミステリー
十字架のカルテ
9年前に理不尽な死を遂げた親友への想いを胸に、精神鑑定医を目指す弓削凛の葛藤と成長を描く。
凶悪な事件であればある程、「精神鑑定」という言葉にザラつきを憶えるのは私だけではないはず。けれど鑑定医自身もまた、複雑な葛藤や理不尽さを抱えながら、仕事に忠実に丁寧に、ひとつのミスも許されない中で戦っていると知った。
刑法第39条「心神喪失者の行為は罰しない」。ではその罪に対する十字架は誰が背負うのか…。
答えの出ないテーマにミステリーを絡め、万人に分かりやすく問題を提起した一冊。続編希望、ドラマ化希望。

28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無
破局
名門大学に通い公務員試験を目指す傍ら、母校のラグビーチームの指導をし、筋トレは欠かさない上に政治家を目指す恋人までいる主人公の陽介。
なんて絵に描いたようなリア充!それなのに、彼からは薔薇色のキャンパスライフの匂いが全くしない。
うざいくらいのマイルール、〇〇なのか?と自分の感情すら疑問形になる虚無感が最初から漂い、薄気味悪いヤツとしか思えない、そうか作中のゾンビは君自身なんだね、そして迎える破局。共感には程遠いけど面白かった。
作風は違うが、自身のマニュアル化という意味で『コンビニ人間』ちょっと思い出した。

愛情がこぼれ落ちる瞬間をとらえた救済の物語
神さまのビオトープ (講談社タイガ)
泣きそうになるほど切なくて儚くて繊細なのに、とても強い決意と信念で暮らしている。ほんわかとした何気ない幸せと優しさの中に狂気が漂っている。
自分の信じる愛を大切に守って、鹿野くんとの秘密の世界を生きていけるのなら、不安で心細くて悲しくても愛する人が隣にいてくれる緩やかな毎日を過ごして、うる波は幸せなのだろう。
羨ましくも胸がギュッと締めつけられるような想いを抱きながら一気に読んで、とても共感できる想いにあふれた素敵な本でした。手元にずっと置いておいて私も強い心を持って暮らしていきたい。

驚嘆確実の犯人当てミステリー
その裁きは死 (創元推理文庫)
離婚専門弁護士が殺された。犯人は依頼人の元妻か。被害者が過去に巻き込まれた事故の関係者か。次々と怪しい人物が出てくる一方で、伏線らしい思わせぶりな撒き餌が所々にまかれていくので果たしてどう収斂していくのか興味はつきない。
書簡で締めるラストもグっときた。しかし、これほど共感できない登場人物ばかりなのに読む手が止まらない小説も珍しい。
探偵役のホーソーンは相変わらず偏屈、グランショー警部は本当にク〇だし...。案内役のホロヴィッツもしっかりせいよと言いたくなる(笑)とにかく期待通りの出来映えで◎です。

「強さ」と「やさしさ」が心に沁みる物語
彼女が天使でなくなる日
いい意味で肩透かしをくらった。ドライでさばさばとした読み心地。
小さな島の、託児施設も備えた「民宿えとう」。子どもには好かれるが客には無愛想な千尋と、イケメン麦生、政子さんで営んでいる。
「ほっこり素敵発言であなたを救うみたいなのは期待しないでくださいね」とは千尋の言葉。訪れる客たちは育児や母娘関係に苦しんでいるし、千尋自身もいろいろあるが、それぞれに答えを見つけてゆく。
どこか謎めいた麦生の正体と、政子さんの乱入が好きだなー。あの“世界一きたなくてきれいな虹”を見たいような見たくないような…。

残酷で切ない連作ミステリー
僕の神さま
仲良し二人組が大好きなおじいちゃんの為に謎を解決する心温まる第1話。が。さすが芦沢作品、一筋縄ではいかない。
小学生とは思えない並外れた洞察力で「神様」と呼ばれる友を誇りに思う気持ちと、仄かな恋心を寄せた転校生が彼を頼る様に、自分だけが蚊帳の外に置かれたような疎外感。主人公自身も実は聡明で繊細な精神の持ち主なだけに、その揺れ動く心が何とも切ない。
どんなに聡明でも、所詮自分たちは子どもだ。誰かの人生を背負うことはできない。その悲しみとそれでも前に進むしかない覚悟と。苦い結末がまた一歩彼を成長させたのだな。