
“命の尊厳”に切り込む傑作医療ミステリー
白医
ホスピス入所者3人の自殺ほう助に関わったとして逮捕された医師・神崎秀輝。法廷でひたすら沈黙を貫く彼の真意はどこにあるのか・・。
人間心理の奥深い襞にまで分け入る、慟哭のヒューマンミステリを多く発表し続ける下村氏。その最新作は、医療界における永遠のテーマ『安楽死』に、真正面から斬り込む問題作だ。
著者の筆は、患者とその家族、医師と看護師、それぞれの立場から、この問題が抱える様々な側面を、見事に描き切ってみせる。誰もが避けて通れない『死』にまつわるテーマだけに、読み手の覚悟を問う、本作の緊張感は半端ない。

芥川賞受賞作!不思議な世界、読む愉楽に満ちた物語
彼岸花が咲く島
どこかにありそうな、過去のような未来のような架空の島。眩しい純真さとほのかに漂う妖艶さ。美しい世界を創ろうとする人知と、生き物の生臭さ。そして3つの言語や島の風習。李琴峰さんの作り出す世界に引き込まれた。
ノロたちにより穏やかに統率された平和なこの島は、野蛮な過去を覆い隠し、男性を島の統治や歴史から排斥することによって均衡を保ってきた。でもその道が、その道だけが正しいことなの?男性であるタツとの友情と島の歴史の間でヨナとウミは揺れ動く。
シンプルな成長物語の中に、社会の課題を象徴的に取り入れた希望の物語だ。

図書委員の男子コンビが挑む謎解きの物語
本と鍵の季節
図書委員の2人を中心に繰り広げられる図書室の日常系ミステリ。
静かに過ぎゆく青春時代に、少し刺激的な謎がよく映える。たまたま春から同じ委員会になっただけの2人だけど、小気味良い掛け合いを通して、段々と相手の思考を知っていくストーリーがとても巧いです。美容院に行く話が、ラストも面白くて一番好き。
特別な設定やかわいい女子キャラに頼らなくても面白いって凄いなぁ。日常系はちょっとという人でも試してほしい1冊です。
青春映画のような綺麗なラストの余韻を楽しみつつ本を閉じ、表紙の題名について思いを馳せるのでした。

家族にまつわる心温まる連作短編集
神さまのいうとおり
父親が仕事を辞め、家族と共に曾祖母の家へ引っ越した高校生の友梨。幼き頃、家庭の都合で曾祖母としばらく暮らした友梨は幼なじみと久しぶりに会い、昔のことを思い出す。
六話の連結短編には言い伝えや風習、おまじないなどがタイトルとなり、それぞれのストーリーに家族の無事と成長を願う日本古来の不思議な力が描かれている。橋の下の子供、縁側の境界線、身代りになる人形たち、虫の居所。登場人物たちと共に私も昔の記憶の扉が開き、忘れていた想い出にはっとする。
章ごとに主人公がリレーされていくのもいい。人の暖かさを感じる一冊だ。

“館ミステリ"の新たなる地平を鮮烈に切り開く、傑作長編
四元館の殺人
まさに前代未聞。間違いなく館ミステリの究極形だし、これを形にしてしまったら今後誰もこの手のトリック書けなくなるのではと思える犯人像とトリック。
字面だけ見れば作者の初期作品を思い出すバカミス的発想なのだが、AI探偵シリーズとして積み上げてきた世界観はあくまでシリアスに進んでいくし、その道筋となる推理と伏線は愚直なまでにフェアかつ緻密で文句の付けようも無い。斜め上から王道へ向かうスペクタクルな結末には素直に感動と満足感がある。
現代ミステリー界随一の鬼才にしてアイデアメーカーの確かな進化と円熟がよく分かる傑作。

変わりゆく“坂の街" 東京が舞台のお散歩小説
東京のぼる坂くだる坂
転々と居を変え、坂のある場所にばかりすみ続け、家族も捨てた亡父の足跡を辿る蓉子の人生旅。
東京に実在する数知れぬ坂を、まるで異界のように都会の喧騒からぽっかり浮かび上げ描く作者。リズミカルな坂のある街お散歩ガイドはまるでエッセイのようにするりと入ってくる。
「生きる」とは坂をのぼることか、くだることか。それとも平地に留まることか。見えない未来に歩むのぼり坂には期待や希望がある。ゆく先の未来を見据え歩むくだり坂には勇気や覚悟がいる。
父や母の人生を辿る坂道歩き…蓉子の落ち着いて直向きな目線の先には自分がいた。

新たなる最高傑作、東野圭吾版『罪と罰』
白鳥とコウモリ
ある弁護士が殺害されるところから始まる物語。
早い段階で自分が犯人だと名乗る人物が全面自供するが、その内容にどうしても払拭できない違和感を抱く家族。
「まるで白鳥とコウモリが一緒に空を飛ぼうって話だ」と刑事が言う、本来は協力することなどない容疑者家族と被害者家族。けれど真相の解明に向けて父の足跡を辿り推理を繰り広げるこの頼もしい子供たちがいなければ、事件の解決はなかった。
誰かが誰かを守ろうとすることは、また別の誰かの人生を狂わせることもある。歯車が少しずつずれてしまったいくつもの人生を切なく思った。

報われない「おじさん」たちの心情を描き出す、連作短編集
雨の日は、一回休み
対人間のルールも、価値観も、時間やお金の使い方も、バブル時代とは異なる今、こんなはずじゃなかったと喘ぐおじさん達の哀愁漂う連作短篇集。
若者に迎合できず、かといって同僚にも同調できない。まさに今の管理職たちの苦悩ではないかと心を痛めるが、主人公たちはそれぞれ苛立つような出来事がきっかけとなり新たな気付きへと導かれる。
そして、「あれ、こんなこともありかも」と、思考と行動をちょっと変えてみることができる、わりと可愛いおじさんたちで、雨上がりの晴れ間のような読後感だった。★★★★☆