
科学のきらめきが人の想いを結びつける短篇集
月まで三キロ
めんどうな人間関係よりは、数式通りにしか動かない科学の世界の方がよっぽど整然としていて楽。でも科学の世界はクール過ぎて、時にはぬくもりがほしくなる。そんな伊与原さんの描く世界は、理系の私にはとっても心地よくて、嬉しくなってしまう。
地球が生まれたり、夜空に浮かぶ星が光を発したりしたのはもう何億年も前のことで、それに比べたら人類の誕生から今までなんてほんの一瞬。そう考えたら、仕事や人間関係でくよくよ悩むのも馬鹿らしくなってくるから不思議だ。
良く知ってるつくばの研究所がいろいろ出てくるのも、ポイントUP。

きっとあなたの宝物になる。猫とあなたの7つの物語
みとりねこ
有川さんの猫本は猫目線と人目線のバランスが絶妙。「旅猫リポート」以来の今作もとてもよかった。
2作の外伝のサトルが懐かしく「ハチ」のエピソードにまず泣ける。『猫の島』のおばあさんの正体には胸が詰まり、『シュレーディンガーの猫』の夫婦に和み、『みとりねこ』で号泣。
どの作品も人が優しく、猫が最高に愛おしい。猫との関わりをかみしめ、たくさん泣いて、心が洗われる温かい作品でした。
7年前に出会い読書の魅力を知った私にとって特別な「旅猫リポート」。本棚のその隣に本作を並べた。

乱歩賞作家が辿り着いた、慟哭のクライム・ミステリー
罪の因果性
悪意から罪を犯すのならともかく、不注意や焦りや偶然居合わせたことが誰かに犠牲を強いたとしたら。自分が起こした結果を何も知らぬ者が日常から引きはがされるのは理不尽だが、実は因果方法の網に絡めとられていた衝撃は計り知れない。
地下アイドル殺人事件で人生を狂わされた人たちが、知らぬ間に復讐の刃を向けられていたと理解していくプロセスはひりひりとする緊迫感に満ちている。思いがけぬきっかけで芽吹いた人の心の闇が、すぐ隣に転がっているのではと慄然とさせられる。
被害者と加害者を単純に分ける現代人の危険性を警告された気分だ。

文芸界の注目著者が「めんどうな人」の機微を描く!
雨夜の星たち
誰かに寄り添ったり、暗黙のルールを理解したり、場の空気を読んだりすることができない三葉雨音。
幼い頃から冷ややかな目線を感じてきた雨音が、病院送迎や見舞い代行の仕事を通じて誰かと関わる姿を描く。読んでいる間頭の中に「生きづらさ」という言葉がチラついたが、雨音自身と、彼女を輪に入れようと努力してきた姉、どちらが生きづらいのかと問われれば…分からなくなる。感受性や共感能力が高い方がよっぽど危ないと感じてしまうのは私だけか。
どんな人にも、居心地の良い場所が見つかりますように。

カープファンの著者が全力投球した、痛快ミステリ
野球が好きすぎて
野球が好きな人に悪い奴はいない、とは限らないから事件は起こる。
連続お宝ユニ強奪に隠された殺意、捜査を担う親娘燕の前に現れた名探偵は神ってるカープ女子。メモリアル安打を寿ぐツイートは犯行声明、球史に残る荒れ試合が示すアリバイの所在。兎も虎もそこのけ鯉のお通りだ、タナキクマルは栄光の合言葉。利き手はやめろと殴り殴られ冷蔵庫、主力が抜けても連覇が途絶えてもチーム愛は変わらない。コロナ禍に真っ赤に燃えるZOZOマリン、暗黒時代に突入したって神宮の芝よりはまだ青い。
みんな野球は大好きか?ホームランバーでまた会おう。

国境も時もこえて読みつがれるロング・ベストセラー
キッチン
悲しい、嬉しい、エモい、好き、そういう言葉で簡単に済ませてしまいそうなささやかな心の動きや情景が丁寧に丁寧に描かれていて、読んでいくうちに私の見ている世界も生き生きとしていく感じがした。
人生のどん底は容赦なく訪れるけれど、食べて、寝て、人は生きていく。そこにあるたくさんの、色んな種類の「愛」を大切に拾っていく吉本さんの書き方に救われた。

デビュー作がミステリランキングを席捲!注目の弁護士作家第3作
原因において自由な物語
新人賞を受賞後、書けなくなっていた紡季は、恋人の弁護士・想護のプロットを基に、作品を書くようになっていた。そんな紡季が書き始めた小説が、あることがきっかけで、現実世界とリンクしたものだということが発覚する。
同じ場所から二人が転落した真相を明らかにしようとする紡季。この作品のポイントは、『過程』。秘密を抱えた高校生だけでなく、紡季自身も、執筆に関する秘密を抱えていた。秘密から解き放たれた時、自分の進むべき道が見えてくる。単なる作中作ではなく、こんな風に小説を使うことができるのかと思わせてくれる作品だった。

未来を切り開こうと奮闘する人々を描く、感動の長編小説
金の角持つ子どもたち
打ち込んできたサッカーを辞め、最難関中学への進学を目指す俊介。塾での成績最下位からの厳しい受験勉強の1年が描かれる。
頑張り屋で努力家で、耳の聞こえない妹の優しく強い兄。東駒1校に拘る理由に泣けた。わずか12歳の子どもの背中は大人びて、どんどん逞しい存在に思えてくる。積み重ねた学習や知識は誰も奪えない財産、生きていくための最強の武器だ。
「考えろ。限界まで脳みそを使え。頭から金の角が生えてくるまで考えろ」加地先生のような熱く大きな先生に巡り会えたのはとても幸せだ。熱く清々しい、12歳の挑戦に拍手。