
愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集
スモールワールズ
全くテイストの違う6つの短編集なのに、共通した何かが漂う。
人間臭さだろうか。誰しもが少なからず持っているであろう心の闇をみせられた感じなのに後味は悪くない。またすぐにでも読みたくなる。この中毒性は何だろう。じわりじわりと心に介入されたような読了感。登場人物が何となく繋がっているのも良い。
「ネオンテトラ」は最後で背中がゾワっとし、「魔王の帰還」で奮起、「ピクニック」の衝撃に身震いし、「花うた」で涙、「愛を適量」で親子愛を学び、「式日」で現実を知る。一気読み必至。一穂ミチさん、次回作が楽しみです。

クライムノベルの新究極、世界文学の新次元
テスカトリポカ
大傑作。メキシコのカルテルに君臨したバルミロと、臓器売買ブローカー末永の出会いが新たな闇ビジネスを生み出す、というのが大筋の流れ。
物語は17歳のメキシコ人少女の冒険譚からはじまるのだが、その息子がのちに最重要キーパーソンになっていく。アステカと宗教儀式、闇社会の抗争、ドラッグ。血生臭さが活字から立ち込めてくる。
アステカの神々の物語と現代の血の資本主義が重なり合う様、圧倒的スケール感と緻密に計算し尽くされたストーリーの構築は圧巻としかいいようがない。まさに新次元のクライムノベル。今年上半期マイベスト確定だ。

激しく胸を打つ、青さ弾ける傑作青春小説
ひと
二十歳の聖輔は両親を亡くし一人になった。大学を辞め、総菜屋でアルバイトをすることに。
総菜屋の店主と奥さん、共に働く仲間と大学の友人。偶然出会った郷土の同級生。聖輔を囲むわずかな人の中にはマウントを取るような嫌なやつもいる。自分の立場を冷静に受け止め、助けられ、成長していく聖輔の1年の物語。
腐らず僻まず純粋な気持ちを持つ聖輔だからこそ、力になりたい、そばにいてほしいと思われるのだろう。シンプルなタイトルそのものな物語には、人との繋がりを改めて見直すよいきっかけとなった。そして、揚げたてのコロッケが食べたい。

日常に息苦しさを感じるあなたへ贈る物語
声の在りか
本当に思っていることと違っても周りの空気を読んだり、忖度したりで飲み込んでしまった言葉や声。でも、発することはできなかった声は自分の中に溜まっていき、いつしか澱んでしまう。
主人公の希和も夫や、子供の同級生の母親に対し、言えない言葉がたくさんあって胸の中に沈殿している。私とはまるで違う立場にいる希和だけど、感じていることがとても似ていて希和は私かと勘違いしてしまうくらいなので、希和が抱く違和感や痛みがチクチクと私の心を刺激する。
刺さるのだけど、物語の根底に優しさがあるから読了後はすっきりのデトックス小説。

全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー
ザリガニの鳴くところ
ベストセラーも頷ける素晴らしい作品だった。
最初はノースカロライナ州の湿地の描写が印象的で、そこに人間模様が織り込まれる、静かな物語かなと感じさせる。次第にサスペンス調になり、裁判の弁護側と検察側の遣り取りも緊迫してくる。その展開も見事だ。が、本書の眼目は、「人々にさげすまれながらたった一人湿地で生き抜いてきたカイア」を描くことで、自然の摂理を描くことにある。
カイアの孤独の深さは、自然の人間の思惑や思い入れなど超えた深すぎる懐を象徴している。自然は善悪の彼岸に昔も今もとどまり続けるのだ。

本を愛する人たちの熱い支持を集めた物語
本のエンドロール
一冊の本は多くの工程を経て出来上がっている、ということに改めて思い至りました。
これは〝本を造る〟印刷会社を中心としたお仕事小説。「印刷会社はメーカーだ」と理想を語る主人公の浦本。彼のツメの甘さにハラハラしながらも、斜陽産業と言われる中、奮闘する彼らの姿にページが進みました。「奥付は本のエンドロールだ。」 最後の見開き2ページの〈STAFF〉に胸が熱くなりました。
いつか淘汰され、なくなる日が来たとしても、紙の本の手触りと匂いは忘れ去られることはないでしょう。本が愛おしくなる一冊。

あなたの想像力の外側を行く、気迫の長編小説
正欲
最近よく耳にする多様性という言葉、そしてそれを推し進めようとする社会。それらに真っ向から疑問を投げ掛ける作品で、考えさせられる一冊だった。
大多数の人達にとっては異質なものであっても尊重しようという精神は、その異質なものを社会の枠組みに組み入れて、定義しようとするものである。だが、大多数の人の想像が及ばないような性癖を持つ人々は、存在すら知られないまま放置される。その生き辛さ、生きる目的については、想像もしていなかった。
読み終わって改めて、タイトルの正欲、『正しい欲望』とは何なのだろうかと考えた。

読めば美味しく、幸せになれる物語
最高のアフタヌーンティーの作り方
ホテルのラウンジで念願のアフタヌーンティー担当になった主人公の涼音。熱意が空回りして周囲と衝突しながらも成長していくというやや王道すぎるようにも感じる展開の中で、脇役である彗怜やゴーラン氏の言葉にはハッとさせられるものがあり、その存在感が良いスパイス。
仕事とハンデ、差別、育児、非正規雇用、と多くのテーマが盛り込まれた物語。どうも一歩離れた視点で読んでしまったが、30歳前後で読んでいたらまた違う感想だった気もする。
「人が生きていくのは苦いもんだ。だからこそ、甘いものが必要なんだ。」この言葉には共感。