
あたたかな想いが詰まった、6つの物語
母親からの小包はなぜこんなにダサいのか (単行本)
母からの荷物をモチーフにした6編の短編集。このタイトルは身に覚えのある人も多いだろうけど、こう言えることが平和だったんだと改めて気づいた。
必要不要を飛び越えて、箱を開けると再生される母親の愛情と押しつけのストーリー。嬉しかったり荷が重かったり、分かってもらえてないとがっかりしたり、何にせよ複雑な思い。
けれど、その混沌こそ日常でもあり、日常は大概ダサい。それをパッケージで突きつけられると素の自分になり、無意識に張ってた気が少しほぐれる。
これからも母親からの小包はずっとダサいままでありますように。

本を愛するすべての人に!本が生まれて、読者へとつながる
本が紡いだ五つの奇跡
ひとりの編集者の熱い思いから始まる、一冊の本をめぐる五人の物語。
編集者、小説家、ブックデザイナー、書店員、読者。バトンを渡すように、一冊の本が繋いでいくストーリーには、それぞれが様々な事情を抱えつつも、本に対する温かい思いが伝わってきて、本好きには堪らない内容ですね。本を介して、人間関係が繋がっていくって素敵だな。
そして、この物語の様に、そこに奇跡が起こるのならと想像しただけで嬉しくなる。『さよならドグマ』私も読んでみたい(笑)。
心に響く言葉と優しい眼差しが感じられる描写が魅力の森沢さん。今回もほっこり。

武家もの時代小説の新潮流!第165回直木賞候補作
高瀬庄左衛門御留書
時代小説のならではの抑制の効いた筆致は、むしろ行間から奥ゆかしく濃密な感情を匂い立たせるものなのかも知れない。
老境にさしかかった五十男の庄左衛門。彼がこれまでの来し方を振り返るときの諦観にも似た枯れた目線、寂寥感を漂わせつつも埋み火のように仄かに熱を帯びる抑えようのない感情…それらをまるで家屋に差し込む光と陰の陰影を写しとるかのように、静かにまた絶妙に醸し出しつつ描く。
じんわりと心に沁み渡るような、旨味ある読み心地を得られた。庄左衛門の絵心は、そのまま作者自身の絵心にも通ずるようにも思える。紛れなき良作。

圧倒的リアリティで「入れ替わり」を描く!小説野性時代新人賞受賞作
君の顔では泣けない
デビュー作とは思えない完成度の高さ。
冒頭、子供がいるという設定だったので人生の大半を男として過ごし、たった数年で受け入れる側にまわれるものなのか訝しみながら読み進めたがどうしてどうして。
初めて男性を受け入れたときの心の動き。どこまでいっても本当の自分にはなり切れないもどかしさ。大切な人に認識されない辛さ。そんな心情がとても丁寧に描かれている。
作者にとっては入れ替わりの謎などどうでもいいのだろう。描きたかったのはそういうことではないのだ。終わり方もまたいい。プールサイドの月が私にも見えるようだった。

深い絶望と圧倒的な共感をもたらした傑作
死にたくなったら電話して
浪人生徳山がキャバ嬢初美に人生をからめとられてゆく。いや、自らからまっていったのかも知れないな。
何もかも放り出した挙句、善意を向けてくれた相手をも暴論で蹴散らす。正真正銘初美しかいなくなった徳山が結婚を口にすると初美はたった一言で一蹴するのだ。この言葉、著者が向けられてきた経験なのかとも思ったり。
なんだろうこれほど読んでいて不快な展開はないのに、どうしてここまで書かれた世界にひきずりこまれているのだろう。どのジャンルにも属さない物語。

日常の風景が一転!6つの物語が照らしだす光と闇
ばにらさま
ひたひたと静かに少し冷たく、優しさとさらりとした短篇集だなと感じた。特に「ばにらさま」の主人公の切ないのだけど、潔い別れの夜の描写と親友ならではの慰め方が、日常そのもので印象的。
「バヨリン心中」の若かりし頃の突き進んでいく恋愛、震災という思いもよらないことによっての、気持ちが引き起こした別れ。小説の一文の「恋とは生き物になること」を表した小説だった。作品どれもが、魅力的なタイトルだと思う。
「ばにらさま」は勿論のこと、「子供おばさん」も忘れられないタイトル。新作は残念ながら読めないが、遡り読んでいきたい。

英米で大ベストセラーの謎解きミステリ
自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫 M シ 17-1)
青春ミステリーとして爽やかで、良くできた作品だった。
主人公は大学受験を控えたピップ。自由研究の題材として5年前の少女失踪事件を取り上げた。少女のボーイフレンドの少年サルが遺体で発見され、警察はサルが少女を殺害して自殺したと発表した。ピップはサルの無実を証明するため、自由研究を口実に事実を関係者にあたり、真実を明らかにしていくが・・。
まず、ピップのキャラクターが明るくて、内容を暗いものにしていないのが良かった。自由研究の形式の表現も、読んでいてユニークで面白かった。今年読んだ翻訳物の最大の収穫の一冊。

精緻な機能を持つ「目」を巡る、心温まる連作短編集
7.5グラムの奇跡
視能訓練士という職業を初めて知った。知らなかった世界を知る事が出来るのは読書の素晴らしさの一つだと思う。
タイトルの7.5グラムとは瞳の重量。そんなにあるのかという思いと、未だ解明されきれていないメカニズムや『見る』という奇跡を考えるとそんなに軽いのかという思いが湧いてくる。
普段の生活で意識しないほど当たり前の見るという行為。この作品で見えなくなる怖さも感じた。心因性のものがあるのも初めて知った。心を健やかににする事と見る事は関係している。
物質的に見るだけではなく未来をも捉える光が宿る瞳。素敵な作品だった。